📖 この台本について
⏱ 読了時間:約10分(約3,000字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ミステリー・サスペンス
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
この作品は、毎月決まった順路で家々のメーターを読んで回る一人の検針員が、二年前から誰も住んでいないはずの空き家で、電気と水道の数字だけが規則正しく増え続けていることに気づくミステリー朗読台本です。漏電でも故障でもない、たったひとりの慎ましい暮らしをそのままなぞる数字。語り手は会社の古い記録をめくり、向かいの住人に尋ね、やがて、その家の門に手をかけます。
この作品の読みどころは、「数字は嘘をつかない」という一点だけを手がかりに、誰も住んでいない家の輪郭が少しずつ立ち上がっていく構成にあります。事件も、犯人も、追跡もありません。あるのは検針票の数字と、夜七時に灯る明かりだけ。派手な仕掛けがないからこそ、終盤の静かな違和感が、じわりと足元から這い上がってきます。
朗読する際は、感情を抑えた、事務的で淡々としたトーンを基調にしてください。語り手は探偵ではなく、几帳面に数字を読む職業人です。声を張る場面はほとんどありません。むしろ記録を読み上げるような平静さを保つことで、ラストの一文が持つ冷たさが際立ちます。
▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
語り手は、九年の経験を持つ冷静な検針員です。全体を通して、感情をほとんど表に出さない、低めで一定のトーンを保ってください。冒頭の「私の仕事は、数字を読むことだ」は、淡々と、けれど少しだけ誇りを滲ませるように。ニュースを読むような平坦さではなく、長く一人で歩く仕事の人らしい、静かに落ち着いた声色を意識してください。
② 緩急のつけ方
「二年、誰も住んでいない」「それなのに、メーターは動いていた」の二文は、それぞれ前後にしっかり間を取り、声を一段落としてください。ここがこの作品の最初の山です。逆に、水道や電気の数字を説明する場面は、あえて事務的に、早すぎず遅すぎず読むことで、語り手の冷静さが伝わります。
③ 感情表現のコツ
向かいの奥さんの「家の中は、空っぽだったの。それからは——見ないようにしてるわ」は、語り手の地の声と少しだけ質感を変え、囁くように、やや声をひそめて。家に入ってからの「卓袱台の湯呑みから、うっすらと、湯気が立っていた」の一文は、絶対に声を張らず、むしろ息を抜くように静かに読むと、不穏さが増します。
④ ラストの処理
結びの「数字は、嘘をつかない。誰も住んでいないはずの家で、誰かが、今夜も、湯を沸かしている」は、感情を込めすぎないでください。事実を一つ置くように、淡々と、けれど最後の「湯を沸かしている」の前で半拍だけ間を取り、言い切ったあとは余韻を残して静かに終えます。
台本本文
私の仕事は、数字を読むことだ。毎月決まった日に、決まった順路で、家々の電気と水道のメーターを見て回る。塀の脇の小さな扉を開けて、針が指す数字を端末に打ち込む。誰とも話さない。それだけの仕事を、私はもう九年続けている。
人の暮らしは、数字でわかる。赤ん坊が生まれた家は、水道の数字がいきなり跳ね上がる。受験の季節になれば、深夜まで電気が灯りっぱなしになる。長く家を空ける家は、針が何か月も同じ位置で眠っている。誰かが入院すれば、その家の針は、ある日からぴたりと止まり、やがて——退院したのか、それとも、と思っているうちに、また少しずつ動きはじめたりする。私は名前も顔も知らない人たちの暮らしを、針の動きだけで、毎月そっと眺めている。それが、寂しい仕事だと思ったことは、一度もない。
数字には、声がある。そう思うようになったのは、この仕事に慣れてしばらく経ってからだ。針が一気に動いた家には、何かが始まった気配がある。逆に、何か月も動かない針は、何かが終わってしまったことを、いちばん静かに教えてくれる。私はその声を、いつしか、誰よりもよく聞き取れるようになっていた。引っ越しも、出産も、別れも、死も。住人が口にする前に、私は数字の向こうで、それを知ってしまう。
あの家のことを、いつから気にしはじめたのかは、自分でもわからない。
町の外れの、低い生垣に囲まれた古い平屋だ。表札はとうに外され、郵便受けには「投函お断り」の色あせた札が貼ってある。住んでいた老人が亡くなったのは、もう二年も前のことだと、向かいの奥さんが話していた。身寄りはなく、相続の手続きが途中で止まったまま、家は誰の手も入らずに残されている。庭の木は伸び放題で、雨戸はいつも閉じたきりだ。
二年、誰も住んでいない。
それなのに、メーターは動いていた。
最初は、漏電か漏水だろうと思った。会社に報告しても、「空き家ならよくあることだ」と、それきりだった。配管の劣化、あるいは検針器の故障。そう片づけられて、私もいったんは納得した。けれど私は、数字を読む人間だ。九年も針を見てきた人間には、わかってしまう。ただ漏れているだけの家の針は、こんな動き方はしない。
水道は、朝に少しと、夜に少し。電気は、日が落ちてから増えはじめて、夜の九時を過ぎると、ぴたりと止まる。冬になれば、暖を取るぶんだけ、きちんと増える。夏は、扇風機ひとつぶんくらいの、つつましい上がり方だ。
それは、漏れている数字ではなかった。誰かがそこで暮らしている数字だった。たったひとりで、つましく、判で押したように規則正しく。
気になって、私は会社の古い記録を調べてみた。あの家の使用契約は、二年前にとっくに解約されている。停止の手続きも済んでいる。帳簿の上では、もう存在しない家だ。本来なら、針はとうに止まっているはずだった。それなのに、私の前にこの区域を担当していた検針員の記録にも、毎月きちんと数字が残っていた。少しずつ、少しずつ、増えていく数字が。
その検針員はもう辞めていて、連絡はつかなかった。引き継ぎのノートの隅に、その人の字で、小さくこう書いてあった。「東町三丁目の平屋、数字は気にしないこと」。それだけだった。気にしないこと。私は、その一行を、何度も読み返した。
私は、その家の前で足を止めるようになった。日が暮れて、その日の順路をとうに終えたあとも、自転車を停めて、生垣の隙間から窓をうかがう。最初は週に一度。やがて、二度、三度と、足が向く回数が増えていった。
夜の七時。決まって、奥の部屋に、ぼんやりとした明かりが灯る。橙色の、小さな裸電球のような光だ。そして九時を過ぎると、その光は、ふっと消える。判で押したように、毎晩、同じだった。
二年前に亡くなった老人は、ずいぶんと早寝の人だったと、向かいの奥さんは言っていた。夜は早くに灯りを落として、朝は誰よりも早く起きる。長年、たったひとりで、そうやって静かに暮らしてきた人だったと。奥さんは、懐かしそうに、けれど少しだけ声を落として、そう話した。そして、ふと思い出したように、こう付け加えた。「夜になると、まだ灯りがつくのよ。最初の頃は、誰か入り込んでるのかと思って、警察に来てもらったの。でも、誰もいなかった。家の中は、空っぽだったの。それからは——見ないようにしてるわ」。奥さんは、それきり、あの家のほうを振り返らなかった。
メーターの数字は、その人の暮らしを、いまも、寸分たがわずなぞっていた。
ある晩、私はとうとう、生垣の門に手をかけた。
その夜まで、何度も、何度も、引き返していた。門の前まで来ては、明かりを見上げて、けれど結局、手を伸ばせずに帰る。そんな夜が、ひと月ほど続いた。確かめたいのか、確かめたくないのか、自分でもわからなかった。ただ、あの規則正しい数字を、これ以上、何も知らないふりをして打ち込み続けることが、だんだん、できなくなっていた。
錆びた門は、軋みながら、抵抗なく開いた。飛び石を踏んで、玄関の前に立つ。古い木の引き戸。曇りガラスの向こうに、奥の明かりが、ぼうっとにじんでいる。胸が、おかしな具合に鳴っていた。
「……ごめんください」
私の声は、誰にも届かなかった。返事はない。それでも明かりは、たしかにそこに灯っている。
引き戸は、鍵もかかっておらず、するりと横に滑った。
中は、驚くほどきれいに片付いていた。埃ひとつなく、廊下の板は、毎日拭かれているように、しっとりと黒く光っている。その先からは、温かそうな明かりが漏れていた。台所のほうから、かすかに、湯の沸く音がする。畳の部屋の卓袱台には、茶碗がひとつと、湯呑みがひとつ。座布団も、ひとり分。今しがたまで、誰かがそこに座っていたような気配だけが、家じゅうに、静かに満ちていた。
私は、それ以上、奥へ進めなかった。進んではいけない、と、体のどこかが言っていた。
ただ、ひとつだけ、目に焼きついたものがある。卓袱台の湯呑みから、うっすらと、湯気が立っていたのだ。注がれて、まだいくらも経っていない。指先で触れたら、きっと、温かかっただろう。壁にかかった日めくりのカレンダーは、今日の日付で、きちんと止まっていた。誰かが、毎朝、一枚ずつめくっている。二年も前に、ひとり残らずいなくなったはずの、この家で。
玄関脇のメーターボックスに戻って、端末を取り出す。今月の数字を、いつものように打ち込もうとして——指が、止まった。
針は、また少し、進んでいた。先月よりも、ほんの少しだけ。冬が近いぶん、きっちりと、増えていた。
私は、その数字を打ち込むのを、やめた。
門を出て、自転車にまたがる。背中の向こうで、奥の部屋の明かりが、また、ぽうっと灯ったのがわかった。腕時計を見ると、まだ六時半。七時には、少しだけ早い時刻だった。
来月も、私はこの道を通る。あの家のメーターは、きっとまた、少しだけ増えているだろう。
誰が暮らしているのかを、もう、訊かないことにした。私の前にも、数字を読む人間はいた。そして私のあとにも、きっと、いる。引き継ぎのノートに、私もいつか、同じ一行を書き足すのだろう。気にしないこと、と。
数字は、嘘をつかない。誰も住んでいないはずの家で、誰かが、今夜も、湯を沸かしている。
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