📖 この台本について
⏱ 読了時間:約10分(3000字)
👤 登場人物:男性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ミステリー・サスペンス
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
この作品は、終電間際の地方駅・八番線ホームで発生した転落事故を捜査する一人の刑事が、防犯カメラに映ったある女の不可解な行動から事件の本質に迫っていくミステリー朗読台本です。事故か、自殺か、それとも——。語り手である刑事は、現場と取調室、そして自分の手帳の余白を行き来しながら、ひとつずつ可能性を潰していきます。
この作品の読みどころは、「目撃者がいるのに、誰も真実を語っていない」という構造の歪みにあります。派手な銃撃も追跡もありません。あるのは防犯カメラの映像、五人の証言、そして女が握っていた一枚の切符。語り手が淡々と積み上げていく推理の中で、聴く人は徐々に「ある違和感」に気づくはずです。
朗読する際は、感情を抑えた低音域の語りを基調にしてください。刑事は事件を扱い慣れたベテランで、声を荒げることはありません。むしろ、思考が深まるほど声が静かになっていくタイプです。淡々とした語りの奥に、確信がじわじわと立ち上がってくるような演じ方が効果的です。
▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
主人公は四十代後半のベテラン刑事です。声はやや低めで、感情をほとんど表に出さない一定のトーンを保ってください。冒頭の「八番線の防犯カメラは、その夜、確かに彼女を映していた」という一文は、報告書を読み上げるような、けれどわずかに含みを持たせた声色で読むと、作品全体の空気を一気に作れます。
② 緩急のつけ方
証言の引用部分、たとえば「『悲鳴は、聞こえませんでした』」のような箇所では、引用前にわずかな間を置いてください。声色を大きく変える必要はなく、ほんの少しだけテンポを落とすだけで「これは他人の言葉だ」という距離感が出ます。逆に刑事自身の推理が進んでいく場面は、息継ぎを短くして、思考の加速を表現してください。
③ 感情表現のコツ
クライマックスで真相が見えてくる場面でも、声を張る必要はありません。むしろ、声をさらに落とすことで「気づいてしまった」緊張感が伝わります。「——そうか」という短い独白は、息だけで言うように、ほぼ囁きに近いトーンで読んでください。
④ ラストの処理
ラストの「八番線は、今夜も、同じ時刻に電車を迎える」という一文は、すべての推理を終えた後の余韻として、最初の一文よりさらに低く、ゆっくりと読み終えてください。語尾を断ち切らず、息が静かに消えていくように。聴き手に、事件は終わったが何かが終わっていない、という感覚を残せます。
台本本文
八番線の防犯カメラは、その夜、確かに彼女を映していた。
午後十一時四十七分。地方駅の、いちばん端のホーム。終電まで、あと八分。雨は降っていなかったが、空気は湿っていた。
映像の中で、女は黄色い線の内側に立っていた。グレーのコート、肩にかけた小さな鞄。背格好は、二十代後半から三十代前半。顔は、ホームの照明が逆光になって、はっきりとは映っていない。
女は、ホームの端から二歩ほど内側に立ち、まっすぐ前を見ていた。動かない。ただ、立っていた。
そして、終電の二分前。彼女は、線路に落ちた。
私は、署の取調室で、その映像を、もう七度目、見返していた。
「自殺で、いいんじゃないですか」
後輩の若い刑事が、私の隣でそう言った。「目撃者の証言も揃ってます。彼女は一人で立っていて、誰にも触れられていない。電車も定刻通りでした」
私は、画面から目を離さなかった。
「目撃者は、何人だ」
「五人です。同じホームに、三人。向かいのホームに、二人」
「全員、悲鳴を聞いていないんだったな」
「はい。『悲鳴は、聞こえませんでした』、と。全員の証言が、一致しています」
私は、机の上の手帳を、めくった。五人の証言を、書き写したページ。線を引いた箇所が、いくつかあった。
同じホームの男性、四十二歳。「気がついたら、女の人が落ちていた」
同じホームの女性、三十歳。「目を離した一瞬の出来事だった」
同じホームの男子学生、十九歳。「スマホを見ていて、見ていなかった」
向かいのホームの男性、五十五歳。「女の人が、急に消えたように見えた」
向かいのホームの女性、二十七歳。「悲鳴は、聞こえなかった」
私は、最後の証言の行に、もう一度、線を引いた。
悲鳴は、聞こえなかった。
線路に、落ちて。電車が、迫っていて。それでも、悲鳴を、上げない。
覚悟して飛び込んだ人間なら、そういうこともあるだろう。けれど、私の手帳には、もうひとつ、引っかかっている記述があった。
女が握っていた、一枚の切符。
切符は、彼女のコートのポケットから、無傷で見つかった。八番線から、終電で行ける駅の切符。目的地まで、二十分の距離。
自殺するつもりの人間が、目的地までの切符を、わざわざ買うだろうか。
「先輩、何か気になりますか」
後輩が、私の手元を覗き込んだ。
「切符だ」
「切符が、どうしました」
「自殺なら、要らないものだ」
後輩は、少し考えてから、こう言った。「衝動的だったんじゃないですか。ホームに来てから、決めた」
私は、首を、横に振った。
「衝動的にしては、立ち方が、整いすぎている」
映像の中の女は、八分間、ほとんど動かなかった。スマホも見ない。時刻表も見ない。鞄の中も、確認しない。ただ、まっすぐ前を、見続けていた。
あれは、何かを、待っていた顔だ。
私は、もう一度、五人の証言を、読み返した。今度は、「悲鳴を、聞かなかった」という共通項ではなく、「彼らが、その瞬間、何を見ていたか」に注目しながら。
同じホームの三人は、いずれも、女から目を離していた。
向かいのホームの二人だけが、女のいるホームを、見ていた。
そして、向かいのホームの二人の証言が、わずかに、食い違っていた。
男性、五十五歳は、「女の人が、急に消えた」と言った。
女性、二十七歳は、「悲鳴は、聞こえなかった」と言った。
——彼女は、「落ちた」とは、言っていない。
私は、手帳を、閉じた。
もう一度、映像を再生した。今度は、女ではなく、向かいのホームを、注視しながら。
映像の隅、向かいのホームの照明の下に、二十代後半の女性が立っていた。鞄を、両手で、強く握っている。彼女は、ずっと、八番線の女を、見ていた。
そして、女が落ちる、ちょうど三秒前。
彼女は、ほんのわずかに、頷いた。
——そうか。
私は、椅子の背に、体を預けた。
女は、待っていたのだ。合図を。向かいのホームに立つ、誰かからの。
そして、その合図は、確かに、送られた。
切符は、アリバイのためだった。「彼女には、行くべき場所があった」という、ささやかな証拠。誰かが彼女に、そう持たせたのだ。自殺に見せかけるための、最後の小道具として。
「先輩」
後輩が、私を呼んだ。「どうしました」
私は、立ち上がった。
「向かいのホームに、いた二十七歳の女を、もう一度、呼べ」
「事情聴取は、もう終わっていますが」
「もう一度だ。今度は、参考人ではなく」
後輩が、息を呑む音がした。
取調室の窓の外で、終電を告げるアナウンスが、遠くに聞こえた。この街の駅は、毎晩、同じ時刻に、同じ電車を迎える。
八番線は、今夜も、同じ時刻に電車を迎える。
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