📖 この台本について
⏱ 読了時間:約5分(1,530字)
👤 登場人物:性別不問1名(1人用)
🎭 ジャンル:ファンタジー
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
月が中天にかかる夜、地図にない街の夜市で「星」を売る少女と、何かを探し続ける旅人が出会う幻想的な物語です。小瓶に収められた星を手に入れるために差し出す「いちばん手放したくないもの」とは何か——短いながらも、喪失と記憶の意味を問いかける余韻の深いファンタジー朗読台本です。
本作の特徴は、「記憶を手放す代わりに星を手に入れる」という交換の行為が、癒しと喪失の両方を同時に描いている点です。旅人が差し出した「川べりの夜の記憶」はもう思い出せないけれど、大切なものがそこにあったことだけはわかる——その感覚は、聞き手自身の忘れてしまった大切な記憶とも重なります。
朗読の際は、おとぎ話を語るようなゆったりとした声で、夜市の空気感を声に乗せることを意識してください。少女の声は遠い水音のように澄んだトーンで、旅人の声は少し疲れと寂しさを含んだ声で読み分けると、物語に奥行きが出ます。
▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
冒頭の「夜だけ開く市がある」は、寝る前のおとぎ話を語り始めるような、低く穏やかな声で入ってください。地の文は物語の語り部として中立的なトーンを保ちつつ、夜市の幻想的な空気を声の柔らかさで表現します。少女のセリフは「遠い水音のようだった」という描写の通り、澄んだ静かな声が理想です。
② 緩急のつけ方
夜市の描写はゆったりと、星の入った瓶を手に取る場面では少し間を取って、瓶の光に見入る旅人の沈黙を表現してください。「……記憶を、ひとつ」という旅人の決断の瞬間は、長めの間のあとに、覚悟を決めた静かな声で読みます。
③ 感情表現のコツ
旅人の感情は直接的に語られず、「会えない人がいた」「胸のどこかが軋んで」という控えめな表現に託されています。これらの箇所は声を張らず、痛みを堪えているような抑制の効いた読みが合います。記憶を手放した後の「懐かしかった」という一語は、失ったからこそ感じる不思議な温かさとして、柔らかく読んでください。
④ ラストの処理
「小瓶の中で、星が、ひとつ、瞬いた」は、一語ずつ間を置いて、最後の「瞬いた」を小さく光るように読み終えてください。声が消えたあとに星の瞬きだけが残るイメージで、3〜4秒の沈黙を置くと、余韻が美しく閉じます。
── 台本本文 ──
夜だけ開く市がある。
月が中天にさしかかる頃、石畳の細い路地に、どこからともなく明かりが灯りはじめる。干した薬草の束、羽根を編んだ首飾り、砂糖漬けにされた見知らぬ果実。売り手たちは声もたてず、ただ静かに客を待つ。
その夜、旅人は迷い込んだ。地図にも載っていない街、地図にも載っていない市。けれど彼は、不思議と恐ろしいとは思わなかった。むしろ、ずっとここを探していたような気がした。
路地のいちばん奥に、ひとりの少女がいた。
彼女の前には小さな木の台があって、そこに小瓶がいくつも並んでいた。丸い瓶、細長い瓶、栓のかわりに葉っぱが詰められた瓶。それぞれの中で、淡い光がゆっくりと瞬いていた。
「……星、ですか」
旅人がつぶやくと、少女はふりむいて、こくりとうなずいた。
「ほんものの星を?」
「ほんものですよ。落ちてきたものを、拾い集めているんです。夜明け前に海辺へ行くと、砂の上に転がっていることがあるんです、たまに」
少女の声は静かで、まるで遠い水音のようだった。
旅人はかがんで、瓶のひとつをそっと手に取った。中の光が、指の体温に反応するようにゆっくりと揺れた。温かくも冷たくもない。ただ、懐かしかった。
「これは……どんな星ですか」
「さあ。星に名前はないので。でも、この子はよく眠れない夜に光が強くなります。誰かのことを考えているのかもしれません」
旅人は、しばらく黙っていた。
彼にはずっと、会えない人がいた。遠い場所へ旅立って、もう二度と声を聞けないとわかっている人。その人のことを思うたびに胸のどこかが軋んで、だから旅を続けていた。どこかへ歩いていれば、少しだけ楽になる気がして。
「……ください」
「代金は、あなたが持っているもののなかで、いちばん手放したくないものひとつ、です」
少女はそう言って、静かに旅人を見た。
旅人は迷った。長い間、迷った。荷物の中を探るでもなく、ただ立ったまま、考えた。金貨でも、剣でも、旅の地図でもない。自分がいちばん手放したくないもの。
やがて彼は、目を閉じた。そして、ゆっくりと息を吐いた。
「……記憶を、ひとつ」
「記憶?」
「その人と過ごした夜の、ひとつを。夏の終わりに、川べりで並んで座っていた夜の記憶を。あげます。忘れてしまっても、この星があればそれでいい、と思うから」
少女は少し目を見開いて、それからそっと微笑んだ。微笑んだのかどうか、旅人にはよくわからなかった。ただ、少女の表情が夜の空気の中でやわらかく溶けたように見えた。
「わかりました」
彼女は小瓶を薄紙で包み、旅人の手に渡した。
「大切にしてあげてください。この子は、誰かに持っていてもらいたがっていたから」
旅人が市を出ると、夜はもう終わりかけていた。空の端が、薄く白んでいた。
胸の中の、あの軋みが消えていた。かわりに、静かなものがそこにあった。悲しみではなく、寂しさでもなく、ただ静かな、なにか。
彼は小瓶を外套の内ポケットにしまい、また歩きはじめた。
夏の終わりの、川べりの夜のことは、もう思い出せなかった。けれど不思議と、大切なものがそこにあったことだけは、わかった。
小瓶の中で、星が、ひとつ、瞬いた。
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