【無料・フリー台本】硝子の中の共犯者|10分・1人用|淡々と狂気を演じたい人へ|声の書庫

ミステリー・サスペンス

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約10分(約3000字)
👤 登場人物:男性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ミステリー・サスペンス
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について

取調室で、ある男が刑事に向かって語り始める。妻を殺した容疑で連行された男は、無罪を主張するでもなく、取り乱すでもなく、ただ淡々と「洗面所の鏡」の話をする。鏡の中にいた、もう一人の自分の話を。語れば語るほど、事件の輪郭はぼやけ、代わりに男の内側にあった歪みが、少しずつ形を帯びていく。

本作は、告白でも弁明でもない、独白型の心理サスペンスです。犯人はすでに分かっている。問われているのは「誰が殺したか」ではなく、「彼の中で何が起きていたのか」。聞き手は刑事の立場に置かれ、最後の一言で、自分が何を聞かされていたのかを悟ることになります。

朗読は感情を殺した低い独白が基本線です。説明ではなく、思い出しながら語るような静けさを意識してください。怖がらせようとせず、むしろ穏やかに語るほど、奥にある不穏さが立ち上がります。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

取調室の蛍光灯の下、疲れ切った男が机に両手を置いて話している——そんな画を想像してください。声は低く、息を多めに含ませ、テンポはやや遅く。冒頭の「刑事さん、水、一杯いただけますか」は、媚びでも懇願でもなく、ただ喉が乾いた人間の事実として置くように。感情の抑揚を意図的に削ぎ落とすことで、後半の違和感が際立ちます。

② 緩急のつけ方

「鏡の中にね、もう一人、私がいたんですよ」の前で、明確に一拍の間を置いてください。ここが物語の軸が傾く地点です。また「妻は、悲鳴をあげなかった」は、語尾を落とさず、宙に浮かせたまま次の文へ繋げると、聞き手の背中が強ばります。回想の描写は流れるように、現在の取調室の描写は区切るように——この温度差が全編の呼吸になります。

③ 感情表現のコツ

クライマックスで声を荒げてはいけません。むしろ、自分の話に自分で納得していくように、静かな確信を帯びさせてください。「あれは、私じゃない。けれど、私だったんです」は、囁くように、しかし微かに笑みを含ませて。怒りでも恐怖でもなく、長年連れ添った謎が解けた人間の、奇妙な安堵として響かせます。

④ ラストの処理

最終段落は、それまでより半歩さらにゆっくりと。最後の一文「——鏡は、割っておきました」は、淡々と、事務連絡のような平坦さで読んでください。感情を乗せないほど、聞き手の側で勝手に意味が膨らみます。読み終えた後、三秒ほど無音を置いてから配信を締めると、余韻が長く残ります。


── 台本本文 ──

刑事さん、水、一杯いただけますか。

……ありがとうございます。喉が、さっきから、ずっと張り付いていたものでね。話し始めてから気づきました。人間、緊張しているときは、喉が渇いていることにすら、気づけないものなんですね。

落ち着いて話せ、と、そう言われましたね。落ち着いていますよ、これでも。むしろ、こんなに落ち着いているのは、久しぶりかもしれません。——ええ、認めます。妻を殺したのは、私です。それは、もう、いいんです。そこは、争いません。

ただ、ひとつだけ、聞いてほしい話があります。聞いてくれたからといって、罪が軽くなるとは思っていません。そういう取引のつもりでもありません。ただ、誰かに一度、話しておかないと、私は、この先ずっと、自分のことが分からないままになる。それだけのことです。

——うちの洗面所には、大きな鏡がありましてね。

結婚したときに、妻がどうしても欲しいと言って、据え付けたものです。縦が一メートル半ほどの、少し古い作りの、木の枠のついた鏡でした。毎朝、髭を剃るときに、私はその鏡の前に立つ。十五年、ずっとそうしてきました。

事件の、三ヶ月ほど前からでしょうか。鏡の中の自分の動きが、わずかに、遅れるようになったんです。

いえ、錯覚だと、最初は思いましたよ。寝不足だとか、目の疲れだとか。右手を上げると、鏡の中の右手も上がる。当たり前です。けれど、瞬きが、半拍だけ、遅い。視線を逸らす動きが、コンマ何秒か、ずれている。見つめていると、分かるんです。こちらの方が先に動いて、向こうが、追いかけてくる。

馬鹿げている、と思われますよね。私もそう思いました。だから、誰にも言わなかった。妻にもね。

ある夜、私は鏡の前で、実験めいたことをしてみました。

わざと、急に、後ろを振り向いてみたんです。——鏡の中の男は、振り向きませんでした。ほんの一瞬、私と目を合わせたまま、こちらを、見ていました。

それから、ゆっくりと、私の動きを真似して、振り向きました。まるで、忘れていた台本を、慌てて思い出したみたいに。

刑事さん。笑ってくださって結構です。私も、あのときは、自分の頭を疑いました。

けれど、その夜から、鏡の中の男は、だんだん、私の真似をしなくなっていったんです。

最初は、視線だけ。こちらが下を向いているのに、鏡の中の男は、まっすぐ私を見ている。次に、表情。私が無表情でいるときに、鏡の中の男は、薄く、笑っている。——そう。笑っているんですよ。口の端を、少しだけ持ち上げて。私を、見下ろすようにしてね。

妻に、一度だけ、言おうとしました。食卓でね。「最近、鏡が、変なんだ」と。そうしたら、妻は箸を止めて、私の顔を、じっと見てね。「あなた、疲れてるのよ」と言った。そのとき、妻の後ろの、食器棚のガラスに、私の顔が映っていました。

ガラスの中の私は、笑っていました。

私は、笑っていないのに。

——その夜です。妻を、殺したのは。

いや、待ってください。順番に話させてください。

寝室に入る前、私は、洗面所に寄ったんです。歯を磨こうとしてね。鏡の前に立って、蛇口をひねって、顔を上げた。

鏡の中にね、もう一人、私がいたんですよ。

私の後ろに、立っていました。私と同じ顔で、同じ寝間着を着て、私の肩の少し上から、こちらを見ていました。振り向いても、誰もいない。鏡の中にだけ、いるんです。そして、口を、動かしていました。声は聞こえない。けれど、唇の形で、分かりました。

——「やっと、気づいたか」と、そう言っていました。

それから先のことは、実を言うと、はっきり覚えていないんです。気がついたら、私は寝室にいて、妻は、ベッドの上で、動かなくなっていた。妻は、悲鳴をあげなかった。たぶん、眠ったままだったんでしょう。私の手は、まだ、温かかった。

私じゃない、と言うつもりはありません。私の手だった。私の体だった。警察が調べれば、何もかも、私のものとして出てくるでしょう。

ただ、あのとき、妻の首に手をかけていたのは——鏡の中から、ずっと私を見ていた、あの男です。

あれは、私じゃない。けれど、私だったんです。

十五年、同じ鏡の前に立ち続けて、私は、少しずつ、向こう側に、何かを置いてきたのだと思います。言えなかったこと、呑み込んだこと、妻に対して、一度も口にしなかった感情。そういうものが、向こう側で、形になっていった。そしてある日、こちらを追い越した。

……信じなくていいんです、刑事さん。こんな話、裁判でするつもりもありません。

ただ、ひとつだけ、お願いがあります。うちへ踏み込むときは、真っ先に、洗面所の鏡を見てください。もし、そこに、誰もいないのに誰かが映っていたら——そのときは、どうか、目を合わせないでいただきたい。

——鏡は、割っておきました。

もう、大丈夫だと、思います。

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