📖 この台本について
⏱ 読了時間:約15分(4,500字)
👤 登場人物:男性1名(1人用)
🎭 ジャンル:恋愛・青春
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
この作品は、大学三年生の主人公・湊が、半年間アルバイトを続けてきた大学図書館で、毎週木曜の夕方に必ず本を借りに来るひとりの女子学生に少しずつ惹かれていく恋愛・青春台本です。本のタイトル、返却日のスタンプ、わずかに伸びる会話。何も起きない日々が積み重なり、ある雨の夕方、ようやく一歩を踏み出す決心がつきます。
この作品の読みどころは、「言葉にしないやり取りだけで積み上がっていく恋心」と、貸出カウンターという半歩だけ隔てられた距離感にあります。劇的な告白シーンや派手な恋愛駆け引きは登場しません。代わりに、誰かを気にしているとき特有の、世界の見え方が少しずつ変わっていく感覚——本棚の影、雨の匂い、閉館十分前の館内放送——が丁寧に描かれています。
朗読する際は、湊の少し不器用で、けれど真面目な性格を意識してください。気持ちを声に乗せすぎず、けれど聴き手に「この人、本当はもうわかってるんだろうな」と感じさせる、抑えめの語りが作品に合います。最後の場面でも声を張らず、淡い余韻を残すように読むのが理想です。
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① 語りのトーン
主人公・湊は二十一歳の大学生で、ややシャイで内省的な性格です。声は中低音、息を控えめに、穏やかな独白調が作品の空気に合います。「最初は、ただの利用者の一人だった」という冒頭の一文は、感情を込めすぎず、自分の心を確かめるように静かに読んでください。明るい青春らしさよりも、雨の日の図書館のような、少し湿度のある落ち着いたトーンを意識すると全体が整います。
② 緩急のつけ方
会話の場面では「あ、これ、面白いですよね」という彼女のセリフ部分は、少し早めのテンポで、湊自身の独白に戻る部分はゆっくりと差をつけてください。閉館放送が流れる場面では、一拍だけ間を置き、館内の静けさを想像させるのが効果的です。最後の雨のシーンでは、文と文のあいだを少し長めにとり、湊が言葉を選んでいる呼吸を感じさせてください。
③ 感情表現のコツ
クライマックスの「もしよかったら、おすすめの本、貸してくれませんか」というセリフは、声を張らず、むしろ少しかすれるくらいで構いません。勇気を振り絞っている瞬間ほど、声は小さくなるものです。彼女の「いいですよ」という返事を聞いたあとの独白は、わずかに息を吐くような余裕を込めて。喜びを爆発させず、内側でじんわり広がる感じを大切にしてください。
④ ラストの処理
ラストの一文「貸出カウンターの内側から、半歩だけ、世界が動いた」は、ゆっくりと、一語ずつ置くように読んでください。読み終えたあとに二秒ほど沈黙を置くと、雨上がりのような静かな余韻が残ります。
台本本文
最初は、ただの利用者の一人だった。
大学の図書館で、貸出カウンターのバイトを始めたのは二年生の秋。それから半年が過ぎて、僕は三年生になり、季節は春のはじまりに差しかかっていた。
カウンターの内側からは、毎日、いろんな人が見える。試験前の日に駆け込んでくる学生、毎週分厚い専門書を借りていく院生、午後の窓際の席で必ず居眠りする教授。みんなどこか、自分の世界を持って、ここに来る。
彼女のことに気づいたのは、いつだっただろう。
たぶん、最初は名前も知らなかった。気づいたら、毎週木曜の夕方、五時を少し過ぎたころに必ず来る人がいる、と思うようになっていた。背は低めで、髪はいつも軽く後ろで結ばれていて、グレーか紺の服が多い。本を選ぶときに、少しだけ首をかしげる癖がある。
「お願いします」
カウンターに本を差し出すときの声は、控えめだけれど、よく通る声だった。図書館の静けさを壊さないギリギリの、ちょうどよい音量。僕はバーコードを読み取り、返却日のスタンプを押して、本を返す。
「来週の木曜までです」
「はい。ありがとうございます」
それだけ。三十秒もかからない、ただの貸出業務だった。
けれど、そのやり取りが、いつのまにか僕の一週間の真ん中になっていた。
木曜の昼すぎから、なんとなく落ち着かなくなる。四時半を過ぎると、入り口のほうばかり見てしまう。五時十五分くらいに彼女がガラス戸を押して入ってくると、ようやく息を吐く。そんな自分に気づいたとき、ああ、これはもうダメだな、と思った。
彼女が借りていく本は、いつも文芸書だった。海外の翻訳小説、国内の少し古い短篇集、エッセイ。同じ作家を続けて借りることもあれば、まったく違うジャンルを選ぶこともある。返却されてきた本のページを、ときどき僕はぱらぱらとめくった。彼女の指がここを通ったのか、と思うだけで、その本が、急に特別な手触りを持つように感じられた。
でも、それだけだった。
カウンターの内側と外側。たった半歩の距離。それは、近いようでいて、絶望的に遠い距離だった。何度も話しかけようとして、何度も飲み込んだ。「来週もお待ちしてます」なんて、業務的に言えるはずなのに、相手が彼女になったとたん、口がうまく動かなくなる。
その日も、いつもどおりの木曜だった。
朝から薄い雲が広がっていて、午後にはぽつぽつと雨が降り出した。閉館は夜の九時。五時を回るころには、外はもう薄暗く、雨足が少し強くなっていた。
彼女は、五時二十分に入ってきた。
傘から滴る雫を入口の傘立てに払い落として、いつものように奥の文芸書コーナーへ向かう。僕はカウンターの内側で、貸出記録の処理をしながら、視界の端で彼女を追っていた。
本棚の前で立ち止まる。少し首をかしげて、一冊を抜き出す。表紙を眺めて、また棚に戻す。隣の本を取り、こんどは中をめくる。やがて、彼女は二冊を抱えて、カウンターのほうへ歩いてきた。
「お願いします」
「はい」
差し出された本のタイトルを見て、僕は、思わず手を止めた。
一冊は、海外の短篇集。もう一冊は、僕が先月、何度も読み返した本だった。日本の現代作家のエッセイ集。図書館に入ったのを知ってすぐに借りて、返してから、また借りようかどうか迷っていた本だった。
「あ」
声が、出てしまった。
彼女が、少しだけ顔を上げて、僕を見た。視線が合ったのは、たぶんはじめてだった。
「あの」
言ってしまえ、と思った。今、言わなかったら、たぶんもう一生言えない。
「その本、僕も、すごく好きで」
言ったあとで、心臓がどっと跳ねた。図書館の静寂のなかに、自分の声がとても大きく響いた気がした。
彼女は、一瞬きょとんとしたあと、ふっと、口元をゆるめた。
「あ、これ、面白いですよね」
そう言って、彼女は本の表紙を、すっと指でなぞった。
「途中の、雨の章が、すごく好きで。だから、今日みたいな日に読みたくなって」
雨の章。僕も、その章がいちばん好きだった。なんでもない街角の、誰でもない人の独白を描いたあの数ページ。何度読んでも、最後の一行で胸の奥が静かに鳴る。
「僕も」
声が、少しかすれた。
「僕も、あの章が、いちばん好きです」
言葉が途切れた。沈黙。図書館の天井の高さが、急に意識される。
彼女は、本を抱えたまま、少し迷うような顔をして、それから言った。
「あの、もしよかったら」
「はい」
「読み終わったら、感想、聞かせてもらえませんか」
僕は、息を吸った。
その瞬間、半年間、僕がずっと飲み込んできたものが、ようやく、僕より先に動き出してくれた気がした。
「あの、それなら」
声が、ちゃんと出た。
「もしよかったら、おすすめの本、貸してくれませんか。あなたが、好きな本を」
言ってしまった、と思った。耳の奥がじんと熱くなった。
彼女は、目を少し丸くして、それから、笑った。さっきよりも、もっと、やわらかい笑みだった。
「いいですよ」
そう、彼女は言った。
「じゃあ、来週の木曜に、持ってきます」
「はい」
「お名前、伺ってもいいですか」
「あ、はい。湊、です」
「湊さん」
名前を呼ばれただけのことだった。それなのに、自分の名前が、生まれてはじめて誰かの声で発音されたような気がした。
「私、栞といいます。よろしくお願いします」
栞さん。本に挟む、栞。出来すぎだ、と思った。けれど、その出来すぎさが、なんだか嬉しかった。
僕は、震えそうになる手で、二冊の本のバーコードを読み取った。スタンプを押す。来週の木曜の日付。栞さんが、また、ここに来る日。
「来週の木曜までです」
いつもの、業務的な一言。けれど、今日のそれは、まったく違う意味を持っていた。
「はい。来週、絶対に、来ます」
栞さんは、本を抱えて、軽く頭を下げると、ガラス戸の向こうへ出ていった。雨はまだ降っていた。彼女が傘を開く音が、小さく聞こえた。
僕は、カウンターに両肘をついて、しばらく動けなかった。心臓が、まだ早足のままだった。閉館十分前を告げる館内放送が、遠くで流れていた。
来週の木曜。
その日まで、僕は何の本を貸そうかと、たぶん毎日、本棚の前で迷うのだろう。それでもいい。迷うことが、こんなに楽しみだったのは、はじめてだった。
窓の外で、雨が少しだけ弱まった。
貸出カウンターの内側から、半歩だけ、世界が動いた。
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