📖 この台本について
⏱ 読了時間:約10分(約2901字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:感動・泣ける
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
八歳の誕生日に父と交わした約束――「二十歳になるまで開けてはいけない手紙」を軸に、一人の女性が二十歳の朝、箱の中身と向き合う物語です。幼くして父を亡くした主人公が、毎年届く手紙を心の支えに成長していく過程を描いています。
本作の読みどころは、年々わずかに変化していく文字の癖という、さりげない伏線にあります。派手な仕掛けではなく、日常の中の小さな違和感の積み重ねが、最後にひとつの真実へとつながっていきます。
朗読する際は、過度に感情を高ぶらせず、手紙を読み返すような穏やかな語り口を基調にすることで、終盤の余韻がより深く響きます。
朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
全体を通して、過去を懐かしむような、落ち着いた語り口を意識してください。子供時代の回想部分は少し柔らかく、大人になってからの部分は少し落ち着いたトーンに変化させると、成長の時間経過が伝わります。
② 緩急のつけ方
手紙の引用部分「泣きたい時は、泣いていい。父さんも、大事な場面で何度も泣いた」は、少しゆっくりめに、噛みしめるように読んでください。母の告白パートは、声を落として、感情を抑えながら読むと効果的です。
③ 感情表現のコツ
母の告白「毎年、あなたの誕生日が近づくと」のくだりは、涙をこらえるような、わずかに震える声色を意識すると、感情が伝わりやすくなります。ただし泣き崩れるほど大げさにはしないことがポイントです。
④ ラストの処理
最後の「そんなことを、静かに思った。」は、静かに、余韻を持たせて締めくくってください。声量を落とし、語尾を強調しすぎないよう注意してください。
台本本文
実家の押し入れの奥に、古い菓子箱がある。表面の絵柄はとうに色あせて、角も少しつぶれている。蓋を開けると、色あせた封筒が、几帳面に重ねて入っている。すべて、私の誕生日に届いた手紙だ。何年経っても、この箱を開けるたびに、あの日の光景がよみがえる。
八歳の誕生日の朝、父が言った。台所からは味噌汁の匂いがしていて、母がケーキにろうそくを立てている最中だった。父は少し照れくさそうに、けれどきちんとした声で、こう続けた。
「毎年、お前の誕生日にこの手紙を書くよ。開けるのは、二十歳になった年からだ。それまでは、箱にしまっておきなさい」
なぜ二十歳なのか、その時は聞かなかった。ただ、父が真剣な顔をしていたことだけは、はっきりと覚えている。
父は町の小さな印刷屋を営んでいた。インクの匂いが染みついた手で、不器用に鉛筆を握り、仕事の合間にたどたどしい字で手紙を書く姿を、私はよく覚えている。書き終えるまで何日もかかることもあったし、書き損じた便箋を、何枚も丸めて捨てていたこともあった。それでも父は、毎年欠かさず机に向かっていた。けれどその年の冬、父は病気で亡くなった。まだ、三通目の手紙を書き終えたばかりだった。
葬儀の後、私は母に聞いた。
「もう、お父さんの手紙は来ないんだね」
母は少し黙ってから、静かに答えた。
「そんなことないよ。ちゃんと、来るから」
意味がわからなかった。けれど翌年の誕生日、机の上には確かに手紙が置かれていた。差出人の欄には、父の名前があった。
その後も、手紙は毎年届いた。小学校を卒業した年、初めて友達と大喧嘩をした年、部活動でうまくいかず涙した年、初めて失恋をした年、受験に失敗して泣いた年。手紙にはいつも、その時々の私を励ますような言葉が綴られていた。あまりに的確な内容に、母が何か知らせているのだろうかと思ったこともあった。けれど母に尋ねても、いつも同じ答えが返ってくるだけだった。「さあ、お父さんは、お前のことをよくわかっていたから」
「泣きたい時は、泣いていい。父さんも、大事な場面で何度も泣いた」
「知らない道を選ぶのは怖い。でも父さんは、お前がどの道を選んでも、それでいいと思っている」
「今年はうまくいかなかったかもしれない。けれど、うまくいかなかった年があるからこそ、次の年がある」
高校を卒業する年の手紙には、こう書かれていた。
「これから先は、父さんの知らない景色をたくさん見るだろう。羨ましいくらいだ」
就職活動がうまくいかず、何十社も面接に落ち続けた年もあった。あの年の手紙には、こう書かれていた。
「断られることは、否定されることじゃない。ただ、縁がなかっただけだ。焦らなくていい」
その手紙を読んだ夜、私は久しぶりに声を上げて泣いた。誰かにわかってもらえたという安心感が、涙となってあふれ出た気がした。
一通ずつ読むたびに、父がまだどこかで見守ってくれているような、そんな気がしていた。だが同時に、小さな違和感もあった。文字の癖が、年々、少しずつ変わっていくのだ。子供の頃はうまく言葉にできなかったその違和感を、大人になるにつれ、はっきりと意識するようになった。特に、大学に受かった年の手紙は、以前とは筆圧も文字の丸みも違っていて、便箋を持つ手が、少し震えたのを覚えている。
ちょうどその頃、夜中にふと目を覚まして台所へ水を飲みに行ったことがあった。居間の隅で、母が電気スタンドの下、便箋に向かって何かを書いていた。書いては消しゴムで消し、また書き直す。そんな様子を、しばらく見ていた。声をかけそびれて、そのまま部屋へ戻った。翌朝、そのことを尋ねると、母は「家計簿をつけていただけよ」と、いつもの調子で笑って答えた。私は、それ以上深く考えないようにした。
それでも私は、あえてその違和感に蓋をしていた。父からの手紙が届かなくなることの方が、ずっと怖かったから。
二十歳の誕生日を迎える前夜、私はなかなか眠れずにいた。長い間、開けることを禁じられていた手紙たちを、ようやく読める。そのことへの期待と、同時に、これまで積み重ねてきた違和感の答えを知ることへの、漠然とした不安が入り混じっていた。母は普段と変わらない様子で、早めに休むように声をかけてくれた。その声が、いつもより少しだけ優しく聞こえたのは、気のせいだったのだろうか。
そして、二十歳の誕生日の朝が来た。菓子箱には、これまでで一番分厚い封筒が入っていた。震える指で封を切ると、中から便箋が何枚も出てきた。
一枚目には、確かに父の字で、こう書かれていた。
「大きくなったら、たくさん伝えたいことがある。まだ全部は書けていないけれど」
けれどその続きは、違う筆跡だった。丸みを帯びた、見覚えのある字。母の字だった。
「お父さんは、三通しか書けませんでした。だから、その続きは、私が書くことにしました。お父さんならこう言うだろうと、何度も何度も考えながら」
「文字の癖まで似せようとしたけれど、途中からは、諦めました。似せることより、伝えることの方が大事だと思ったから」
「毎年、あなたの誕生日が近づくと、お父さんならどんな言葉をかけるだろうと、一晩中考えていました。うまく書けなくて、便箋を何枚も無駄にしたこともあります。それでも書き続けたのは、お父さんの想いを、途切れさせたくなかったからです」
「あなたが受験に失敗して泣いていた夜、隣の部屋で、私も同じくらい泣いていました。でも手紙には、お父さんらしく、明るい言葉を書こうと決めていました。それが、この十二年間、私にとって一番大切な時間でした」
読み終えた時、涙が止まらなかった。母の部屋に駆け込むと、母は台所で洗い物をしていた。何も言えずにいる私に、母は静かに振り返って、いつもと変わらない声で言った。
「お誕生日おめでとう。今年もちゃんと届いたでしょう」
その言葉に、また涙があふれた。父からの手紙だと思っていたものは、いつからか、母からの手紙になっていた。けれどそれは、少しも悲しいことではなかった。父の想いを、母がずっと運び続けてくれていたのだから。
母の手を握ると、水仕事で少し荒れた、けれど温かい手のひらが返ってきた。「ありがとう」と言うと、母は少し照れたように笑って、「毎年、大変だったのよ」とだけ答えた。それ以上、多くを語ろうとはしなかった。
菓子箱の中の手紙を、もう一度、最初から読み返した。父の字から母の字へと、少しずつ変わっていくその軌跡は、まるで一つの長い手紙のようだった。三通の父の字と、九通の母の字。その境目は、注意深く見なければわからないほど、静かに重なり合っていた。
窓の外では、いつもと変わらない朝の光が差し込んでいた。母は台所で、いつも通り朝食の支度を続けている。その後ろ姿を見ながら、私はこれまで気づかなかった、たくさんの小さな積み重ねに、ようやく気づいたような気がした。誕生日ごとに悩みながら言葉を選んでいた母の姿を、私は一度も見たことがなかった。それでも、確かにそこにあったのだ。
来年からは、私が誰かに、同じように手紙を書く番なのかもしれない。そんなことを、静かに思った。
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