📖 この台本について
⏱ 読了時間:約5分(約1455字)
👤 登場人物:男性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ホラー・怪談
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
祖母の家に下がる、古い硝子細工の風鈴。子供の頃に聞かされた「風のない日に鳴ったら、返事をしてはいけない」という一言が、長い年月を経て静かに主人公の日常へ戻ってくる物語です。
本作の読みどころは、派手な恐怖描写に頼らず、日常の静けさの中に違和感を積み重ねていく構成にあります。無風の午後、無風の夜――「風がないのに鳴る」という単純な事実だけで、じわじわと緊張感を醸成します。
朗読する際は、終始抑えたトーンを保ち、感情を爆発させずに進めることで、静かな不穏さがより際立ちます。
朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
全体を通して、淡々と抑えた声で進めるのが基本です。感情を込めすぎず、まるで日記を読み返すような静かな語り口を意識してください。
② 緩急のつけ方
「それなのに――」の後の「ちり、と一度、鳴った。」は、一拍間を置いてから囁くように読むと効果的です。祖母の台詞「風のない日に鳴ったら、返事をしちゃいけないよ」は、少し声を落として、諭すような口調で。
③ 感情表現のコツ
父からの電話のシーンでは、安堵と涙ぐむ気配をわずかに滲ませつつも、大げさにならないよう抑制してください。感情の起伏は最小限に留めるのが本作の肝です。
④ ラストの処理
最後の「ただ風鈴だけが、かすかに、揺れていた。」は、声量を落とし、余韻を残すように語尾を伸ばさず静かに切ってください。
台本本文
祖母の家には、古い風鈴が下がっている。硝子細工の、少し曇った風鈴だ。子供の頃、夏になるとこの家に預けられて、縁側でよくその音を聞いていた。風が吹くたび、涼やかな音が響く。ただそれだけの、ありふれた夏の情景のはずだった。
ある年の夏、風のない、蒸し暑い午後だった。庭の木々も、干した洗濯物も、少しも揺れていない。それなのに、風鈴だけが、ちり、と鳴った。
「おばあちゃん、風、吹いてないのに」
祖母は洗い物の手を止めて、静かに言った。
「風のない日に鳴ったら、返事をしちゃいけないよ。何かが、呼びに来ているんだから」
意味はわからなかった。けれど祖母の声には、冗談では済まされない響きがあった。あの日、祖母は風鈴を見上げたまま、しばらく黙っていた。その横顔は、普段の優しい祖母とは、少し違って見えた。まるで、何かに向かって静かに頭を下げているような、そんな沈黙だった。その年の秋、隣町に住んでいた叔父が、急に亡くなった。誰も、風鈴のことなど覚えていないようだった。だが自分だけは、あの日の音を、ずっと覚えていた。
それから何度か、無風の日に風鈴が鳴るのを聞いた。中学に上がる前の年にも一度。高校を卒業する年にも一度。そのたびに、身近な誰かが静かに姿を消した。偶然だと、自分に言い聞かせてきた。けれど心の底では、あれは偶然ではないと、わかっていた。誰かに話したところで、信じてもらえるはずもなかったから、ずっと一人で抱えてきた。
それから何年も経って、祖母は亡くなり、この古い家だけが残った。相続の手続きで訪れたあの日、玄関先の風鈴は、まだそこにあった。埃をかぶりながらも、割れることなく、静かに揺れることさえなく、そこに下がっていた。処分しようかとも思ったが、どうしても手が伸びなかった。結局、そのまま軒先に残して、自分もこの家に住むことにした。
父は仕事で海外に渡っていて、連絡が取りづらい時期だった。荷造りをしながら片付けをしていたあの夜、外は完全な無風だった。風鈴の下がる枝も、庭の草も、何一つ動いていない。時計の針の音だけが、やけに大きく聞こえた。
それなのに――
ちり、と一度、鳴った。
心臓が、跳ねた。祖母の言葉が蘇る。「返事をしちゃいけない」。けれど体は、勝手に窓のほうを向いていた。声が喉まで出かかって、止めた。呼びかけてはいけない。あれは呼びに来るだけで、答えてはいけないものなのだから。
息を潜めて、待った。二度目は、鳴らなかった。代わりに、家の奥から、かすかな衣擦れのような音が聞こえた気がした。気のせいだと、自分に言い聞かせた。それでも、しばらくは体が強張ったまま動かなかった。台所の換気扇の音さえ、いつもより大きく感じられた。
安堵する間もなく、スマートフォンが震えた。父からの着信だった。震える指で応答すると、父の声が飛び込んできた。
「元気にしてるか。急に連絡できなくて悪かったな」
何でもないと笑う父の声に、目の奥が熱くなった。風鈴のことは言わなかった。言えるはずもなかった。父はしばらく他愛のない話を続け、電話の向こうで小さく笑っていた。その声を、少しでも長く聞いていたかった。受話器越しの雑音さえ、今は心強く感じられた。
通話を切って、深く息を吐いた、その時だった。
――ちり。
もう一度、風鈴が鳴った。窓の外に目をやる。風は、やはり吹いていない。今度は、誰の番なのだろう。そう思った瞬間、自分の名前を呼ぶ声が、どこか遠くで聞こえた気がした。振り返っても、そこには誰もいない。ただ風鈴だけが、かすかに、揺れていた。
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