【フリー朗読台本】鐘は火事を知らせない|10分・1人用|落ち着いた女性声の怪談に|声の書庫

ホラー/怪談

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約10分(約2,940字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ホラー/怪談
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について

山あいの小さな集落に、使われなくなった火の見櫓が一基だけ残っています。鳴らす者などいないはずのその半鐘が、夜になると鳴る。帰省した女性が三日間の滞在で見聞きしたできごとを、静かな語りで追っていく怪談です。悲鳴も追跡もなく、あるのはただ、朝ごとに欠けていく集落の輪郭だけです。

この作品の中心にあるのは、「消えたことを、誰も覚えていない」という恐怖です。隣家の住人が空き家の記憶にすり替わり、当番表の名前欄が最初から白いまま存在する。祖母が語る「鳴ったら名前を呼んだらいかん」という一言が、物語後半で意味を変えていきます。方言まじりの短い会話が多く、地の文との落差をつけやすい構成です。

朗読は、終始おさえた声量で、説明を急がずに読み進めるのが効果的です。恐怖を声で押し出すのではなく、語り手が淡々と事実を並べていくほど不安が積み上がるつくりになっています。祖母のせりふはやや低く、ゆっくりと。10分間の長尺ですが、静けさを保ち続けることが最大の演出になります。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

全体を通して、思い出したことを順に話しているような落ち着いた声で読んでください。冒頭の「盆の前に、久しぶりに祖母の家へ帰った」は、怪談だと気づかせない普通の帰省報告のトーンで。恐怖を先取りせず、平熱のまま入ることで後半が効いてきます。祖母のせりふは音程を一段下げ、間延びしない程度にゆっくりと。

② 緩急のつけ方

「その夜、鐘が鳴った」の前で、一拍しっかり空けてください。「カン、カン、カン、と」は擬音を演じすぎず、読点ごとに小さく区切って淡々と。「静かにしとき」は声を張らず、囁くように低く落とします。「あそこは空き家よ。ずっと前から」は、悪意なく明るい調子で言うほど不気味さが増します。

③ 感情表現のコツ

祖母が姉の話をする場面が山場です。「うちだけが、覚えとった」は感情を込めるより、乾いた声で短く置く方が刺さります。当番表の空白を見つける段落は、動揺を声に出さず、わずかに読む速度を落として処理してください。

④ ラストの処理

「お互い、名前は呼ばない」で一度完全に止めます。最後の「今夜は、何回だったろう、と」は音量を落とし、語尾を投げ出さずに置いて、二秒ほど無音を残して終わってください。


台本本文

盆の前に、久しぶりに祖母の家へ帰った。ひとり暮らしの様子を見てきてほしいと、母に頼まれたからだった。

集落へ行くには、県道を外れて細い坂道を三十分ほど登らなければならない。ガードレールのない道で、対向車が来たらどちらかが下がるしかない。木立が途切れて視界が開けたところに、それは立っている。錆びた鉄骨の櫓だ。高さは電柱二本ぶんほどで、支柱の根元は雑草に埋もれている。屋根の下に、黒ずんだ鐘がひとつ吊り下がっている。

火の見櫓、と子どもの頃に祖母が教えてくれた。

「昔はね、火事が出たらあれを叩いて知らせたんよ」

今はもう鳴らさない。消防車が来るようになったし、櫓に登れる者もいない。梯子は途中で折れて、切れ端が宙ぶらりんのまま風に揺れている。

祖母の家に着いたのは夕方だった。引き戸を開けると、線香と畳の匂いが混ざって鼻に届いた。

「よう来たね」

祖母は台所から出てきて、私の顔をしばらく見てから、思い出したように笑った。

夕飯は、煮物と、焼いた魚と、漬物だった。祖母は食べるより先に、私の茶碗にご飯を盛る。昔から変わらない。

「ひとりで、寂しくない?」

「寂しいことなんて、なんもないよ。畑があるし、猫も来るしね」

そう言って、祖母は箸を置いた。少しの間、耳を澄ますような顔をして、それからまた箸を持った。台所の窓は、日が落ちる前に閉めてあった。

その夜、鐘が鳴った。

布団に入ってすぐだった。カン、カン、カン、と、間隔の空いた金属音。遠いのに、耳のすぐ内側で鳴っているようによく通る音だった。

私は跳ね起きて、隣の部屋に声をかけた。

「おばあちゃん、火事じゃない?」

返事はなかった。襖を開けると、祖母は布団の上に座っていた。電気もつけずに、背中をまっすぐ伸ばして、じっと畳の目を見ていた。

「おばあちゃん」

「静かにしとき」

祖母の声は、いつもより低かった。

「窓、開けたらいかん。外も見んでええ」

鐘は、七つ鳴って止まった。数えたつもりはなかったのに、なぜか私は七回だと分かっていた。

朝になると、集落はいつも通りだった。田んぼの向こうで草刈り機の音がしていて、軽トラが一台、砂利道を上がっていく。

「昨日の鐘、結局なんだったの」

味噌汁をよそう祖母に聞くと、その手は止まらなかった。

「鐘なんて鳴っとらんよ」

「鳴ったよ。七回も」

祖母は答えなかった。ただ、椀を私の前に置いて、それから湯呑みをもうひとつ棚から出しかけて、途中で戻した。

昼過ぎ、集会所の前で近所の奥さんに会った。子どもの頃、よく飴をくれた人だ。

「あら、帰っとったんね」

世間話のついでに、私は聞いてみた。

「そういえば、坂の下の松本さん、まだお元気ですか」

奥さんは、にこにこしたまま首を傾げた。

「松本さん?」

「一番下の、庭に大きい柿の木がある家の」

「あそこは空き家よ。ずっと前から」

そんなはずはなかった。松本さんの家では、去年の正月にお茶をご馳走になった。奥さんが漬けた白菜が美味しくて、帰りに袋いっぱいもらった。私はその味まで覚えている。

坂を下りて確かめに行った。柿の木はあった。家もあった。ただ、雨戸が閉まりきって、郵便受けの口が針金でふさがれていた。表札のあった場所だけが、白く四角く残っていた。柿の木の下には青い実がいくつも落ちて、そのまま黒く潰れていた。誰も拾わないまま、何年も繰り返してきた跡だった。

その夜も、鐘が鳴った。

今度は五回だった。前の晩より、音がひとつぶん近い気がした。

私は襖を細く開けて、暗い廊下越しに祖母の背中を見ていた。祖母は昨日と同じ姿勢で座っていた。

「おばあちゃん。あれ、何なの」

長い沈黙のあと、祖母は言った。

「鳴ったらな、名前を呼んだらいかん」

「名前?」

「誰の名前もや。呼んだら、こっちが覚えとるって分かってしまう」

「覚えてたら、どうなるの」

祖母はすぐには答えなかった。畳に置いた手のひらを、二度、三度と撫でるように動かしてから、ようやく口を開いた。

「うちが子どものころにも、よう鳴った」

祖母には姉がいたのだという。四つ上で、髪が長くて、寝るときはいつも同じ布団に入ってくれた。ある晩、鐘が鳴った。祖母は怖くて、隣で寝ている姉の名前を呼んだ。呼んで、袖を掴んだ。

「朝になったらな、誰もおらんかった」

家には祖母と両親の三人分の茶碗しか並んでいなかった。両親に姉のことを聞いても、何を言うとるんね、と笑われた。押し入れにあった姉の着物も、なくなっていた。

「うちだけが、覚えとった」

「その人の名前は」

祖母は首を横に振った。

「もう、出てこん。顔だけ覚えとる。名前だけが、抜けとるんよ」

祖母はそこで、少しだけ笑った。

「六十年も覚えとったら、そのうちうちの番かもしれんね」

「あんた、明日には帰り」

翌朝、私は集落を歩いた。覚えているものを、ひとつずつ確かめて回るつもりだった。

分校の校庭には、膝の高さまで草が生えていた。集会所の掲示板に貼られた地区の名前は、私の知らない字になっていた。鳥居の脇で犬を飼っていた家は更地になって、砂利だけがきれいに均されていた。

集会所の前では、見覚えのない女の人が花壇に水をやっていた。私は昨日の奥さんのことを尋ねた。名前は知らない。だから、赤いエプロンの、よく飴をくれる人、としか言えなかった。

「エプロンねえ」

女の人はホースを止めて、しばらく考える顔をした。

「そういう人は、おらんと思うけどねえ」

私は集会所の掲示板をもう一度見た。当番表が貼ってあった。名前が七つ並んでいて、そのうち二つの欄が、白く塗りつぶされたように空いていた。誰かが消したのではなく、はじめから印刷されていないような、きれいな空白だった。

歩きながら、私は口の中で名前を並べた。松本さん。分校の先生。あの犬の名前。声には出さなかった。喉の奥で、押し込めるようにして。

昼を過ぎたころ、坂の上を見上げた。櫓の鐘が、風もないのに、ほんの少しだけ揺れていた。

夕方、祖母は私を玄関まで送りに出た。

「気ぃつけて」

「おばあちゃんも」

祖母は、私の名前を呼ばなかった。呼びかけようとして、口の形だけ作って、それから飲み込んだのが分かった。

車で坂を下る途中、一度だけ振り返った。櫓は木立に隠れて、それきり見えなくなった。

その夜、鐘は鳴らなかった。少なくとも、私の部屋には届かなかった。

東京に戻って、半年が過ぎた。

私はときどき、あの集落のことを人に話そうとする。けれど、話し始めると、どこかで必ず言葉が止まる。集落の名前が出てこない。県道の番号も、坂を登るのにかかる時間も、はっきりしない。柿の木のある家は覚えている。白菜の味も覚えている。ただ、それを漬けた人が誰だったのか、思い出せない。

祖母には、月に一度電話をかけている。祖母は元気だ。天気の話をして、野菜が高いという話をして、最後に「体に気ぃつけて」と言う。私も同じことを言い返す。

お互い、名前は呼ばない。

部屋の壁に耳を当てる癖がついた。何も聞こえないことを確かめるためだ。確かめ終わると、少しだけ安心して、それからなぜ安心したのかが分からなくなる。

ときどき、夜中に目が覚める。遠くで、金属を叩くような音がした気がして。窓を開けて確かめたことは、一度もない。

ただ、布団の中で数えている。

今夜は、何回だったろう、と。

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