📖 この台本について
⏱ 読了時間:約15分(約4,500字)
👤 登場人物:語り手1名(性別不問・1人用)
🎭 ジャンル:ホラー・怪談
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
語り手は、亡き父の遺品を整理する中で、古いアルバムに収められた写真を一枚一枚スキャンしていきます。家族の記録を残そうとした、ごく普通の作業のはずでした。ところが、スキャンするたびに、写真の中の細部が——背景の、ほんの端のほうが——何かしら少しずつ違っているように見えはじめます。気のせいなのか、それとも、記憶の方が狂ってきたのか。「記憶の改竄」と「写真の改竄」が互いに溶け合っていく、静かな侵食ホラーです。
この作品の読みどころは、恐怖の正体が最後まで明示されない点にあります。幽霊が出る、声が聞こえる、といった直接的な怪異は一切ありません。ただ、写真の中の「何か」と、語り手自身の「記憶」が、少しずつ、確実にずれていく。その静かな不一致だけが積み上がっていくことで、読み終えたあとも長く尾を引く余韻を残します。
朗読する際は、全体をとおして穏やかな観察者のトーンを保ってください。「怖い話を語っている」のではなく、「自分でも整理しきれない出来事を、静かに回想している」というスタンスが、この作品の不気味さを最大限に引き出します。声を荒げる場面は一切ありません。むしろ終盤へ向かうほど、声を落として、ゆっくりと語るほど効果的です。
▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
この作品は「怪談を語る人」ではなく「体験を静かに回想する人」として読んでください。全体のベースは落ち着いた低めのトーン。「父が死んで、三ヶ月が経った頃のことだ」という冒頭の一文を、事務的なくらい淡々と読み始めることで、聴き手の警戒が緩み、後半の違和感がより鮮明に届きます。
② 緩急のつけ方
「背景の右端に、人が立っていた」という気づきの場面では、直前で0.5〜1秒ほど間を置いてから読んでください。ここで声を上げたり、驚いたりする必要はありません。むしろ「……背景の、右端に」と、ゆっくり区切って読むことで、聴き手が自分で絵を思い描く時間が生まれます。静止した間が、最大の演出です。
③ 感情表現のコツ
「前回スキャンしたものと、比べてみた。違う。確かに、違う」という反復の場面は、感情を乗せすぎないことが肝心です。パニックではなく、静かな確認——まるで数字を読み合わせるような声のトーンで読むと、かえって底冷えするような怖さが生まれます。語り手の冷静さが、聴き手の恐怖を引き立てます。
④ ラストの処理
「私は、もうあのフォルダを開いていない」というラストは、できるだけ低く、息の少ない声で、ひとことずつ置くように読んでください。読み終えたあとは、すぐに次の言葉を発さず、3〜5秒ほどの沈黙を残すと、余韻がいっそう深くなります。語り手が何かに気づきながらも、それを口にしないまま終わる——その「言わなさ」を、間で表現してください。
台本本文
父が死んで、三ヶ月が経った頃のことだ。
実家の片付けは、母と兄でほとんど済ませてくれていた。私は遠方に住んでいることもあって、最後に一度だけ戻り、残った荷物の確認をすることになっていた。生前の父が使っていた書斎には、本棚と、古い木製のデスクと、それから引き出しに詰まった写真が残されていた。
父は写真が好きだった。旅行のたびにカメラを持ち歩き、家族のアルバムを几帳面にまとめる人だった。引き出しを開けると、ラベルの貼られたアルバムが何冊も出てきた。「家族旅行 1989」「運動会」「○○の誕生日」——几帳面な父らしい、角ばった文字のラベルが並んでいた。
捨てるのは忍びなかった。かといって、すべて実物のまま保管するのも難しい。母に相談すると、「デジタルにしてくれると助かる」と言った。スキャナで取り込んで、データとして残す。それなら場所も取らない。私はアルバムを数冊まとめて、自分の家に持ち帰ることにした。
作業を始めたのは、それから一週間ほど経ってからだ。休日の昼下がりに、フラットベッドスキャナを引っ張り出して、古いアルバムの最初のページから順番に取り込んでいった。写真は思ったより多く、一枚スキャンするたびに少しずつ時間がかかった。それでも作業自体は単調で、むしろ懐かしい写真を眺めながら進める時間が、どこか心地よかった。
七歳か八歳の頃の自分が、海岸で砂を掘っている。父が若い。母の髪が長い。兄がまだ小さい。一枚一枚めくるたびに、記憶の引き出しが少しずつ開いていくような感覚があった。
最初に気になったのは、三冊目のアルバムに差し掛かった頃だった。
父の実家へ行ったときの写真が続いていた。祖父母の家の庭で撮ったもの、縁側に並んで座っているもの、近くの川へ行ったときのもの。スキャンを終えて画面上で確認していると、一枚の写真の右端に、人の姿が見えた。
最初は、通りがかりの人だろうと思った。祖父母の家は住宅街の外れにあって、近くに細い道路があった。たまたま誰かが通った瞬間に写り込んだのだろう、と。
ただ、少し気になって、拡大してみた。
フィルム写真をスキャンしたものだから、拡大すると粒子が荒くなる。それでも、なんとなくわかる程度には見えた。白っぽい服を着た人間らしき輪郭が、ちょうど画面の右端に半分だけ切れた状態で写っていた。道路の方向に立っているわけではなく、庭の外から、こちらに向かって——正面を向いているように見えた。
少し不思議な角度だとは思った。けれど、それだけだった。そのまま作業を続けた。
数枚飛ばして、また同じ家の写真が出てきた。縁側の前で、祖母が手を振っている写真だ。懐かしかった。スキャンして画面に表示し、確認しようとして——私は、少し手を止めた。
背景に、また人がいた。
今度は庭の奥、縁側と反対側の、母屋の壁に沿った場所だ。やはり白っぽい服。やはり正面を向いているように見える。
さっきの人と同じ人物だろうか、と思った。ただ、位置がおかしい。さっきの写真では庭の外——道路側にいたはずなのに、今度は庭の内側、母屋の壁際にいる。しかも、祖母の後ろ、ほぼ真後ろのあたりに。
気のせいかもしれない、とも思った。フィルムの傷や光の入り方で、そう見えることもあるだろう。スキャンの品質の問題もある。写真自体が古くて、状態がよくないのかもしれない。
そのまま、作業を続けた。
次の写真では、人は写っていなかった。その次も。しばらく出てこなかったので、私の中で、それは「あの二枚だけの話」として処理されていった。単なる偶然の写り込みか、光のいたずら。そういうことにした。
ところが、四冊目に入って、私は気づいてしまった。
よく見ると、どの写真にも——いる。
最初の海岸の写真。子どもの私が砂を掘っている、あの写真。遠くの防波堤のあたりに、白っぽい影のようなものがある。スキャンしたときには気にもとめなかった。拡大すると、粒子の向こうに、人の形をしているように見えるものがある。
運動会の写真。走っている私の後ろに、保護者らしき人たちが並んでいる。その列の端、少し離れたところに、列に混じっていない一人がいる。こちらを向いている。
誕生日の写真。ケーキの前で家族が囲んでいる。リビングの、奥の廊下——ドアの隙間に、誰かが立っている。その家に廊下はあった。けれど、そこに誰かが立っている記憶は、ない。
私は手を止めた。
最初のページに戻って、最初からもう一度、見直した。スキャン済みのデータをモニター上に並べて、一枚一枚、確認した。
いる。必ずどこかに、いる。
背景の端、人混みの外れ、窓の向こう、廊下の暗がり。必ずしも大きく写っているわけではない。むしろ小さく、半分切れていたり、ぼやけていたりする。それでも、形を持って、こちらを向いている。どの写真にも。例外なく。
私はしばらく、椅子に座ったまま動けなかった。
やがて、一つの考えが浮かんだ。これは、スキャン後のデータに何か問題が起きているのではないか。スキャナの設定や、ソフトウェアの処理の問題で、こういった「ノイズ」が生成されることがあるのかもしれない。あるいは、古い写真をスキャンする際に起こる何らかの光学的な現象。そう考えれば、説明がつく。
試しに、一枚、別のスキャナアプリで取り込み直してみた。手元にあった写真の中から、一番はっきりと「人影」が写っていたものを選んだ。祖母の家の縁側、祖母の真後ろに立っている、あれだ。
スキャンし直して、画面に表示する。
拡大した。
いない。
今度は、いなかった。縁側の向こうは、庭の緑と、母屋の壁だけだった。人の形をしたものは、どこにも見当たらなかった。
ほっとした。やはりスキャナの問題だったのだ。最初のスキャナで取り込んだデータを全部消して、別のアプリで取り込み直せばいい。そう思って、最初にスキャンしたデータのフォルダを開いた。
確認のために、もう一度だけ、最初のデータで縁側の写真を開いた。
……人は、いた。
さっき見たときと同じ場所に、同じ姿勢で、立っていた。スキャン直後と変わらず、はっきりと。
取り込み直したデータの方を、また開いた。
いない。
最初のデータ。いる。
取り込み直したデータ。いない。
同じ写真の、二つのデータ。一方には写っていて、一方には写っていない。どちらも、私がスキャンしたものだ。
私はそのまま、最初のデータのフォルダを、もう一度開いた。海岸の写真。防波堤の方向に、白っぽい影があったはずの写真を。
拡大した。
影は、なかった。
さっきまで見えていたものが、消えていた。
私は前回スキャンしたものと、比べてみた。違う。確かに、違う。さっきはあった影が、今は、ない。データは同じファイルだ。上書きなどしていない。ただ、開いただけだ。なのに、中身が、変わっている。
それから私は、スキャン済みのファイルを、一枚一枚、最初から見直した。
どの写真にも、もう人影は写っていなかった。
背景の端も、人混みの外れも、窓の向こうも、廊下の暗がりも——全部、何もなかった。さっきまで確かに見えていたものが、全て消えていた。写真は、最初から人影など存在しなかったかのように、静かに並んでいた。
私はしばらく、モニターを見つめていた。
自分の記憶が信頼できないのか。それとも、データが変わったのか。どちらが正しいのか、もう確かめる方法がなかった。写真の現物は手元にある。もう一度スキャンすれば、また何かが見えるかもしれない。けれど、私は、もうしなかった。
その日のうちに、スキャン済みのデータを母に送った。写真はきれいに取り込めた、と伝えた。母は喜んでいた。
アルバムは、母の手元に戻した。
私は、もうあのフォルダを開いていない。
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