【フリー朗読台本】もう一度、ドの音を|約5分・1人用|しみじみ泣ける感動朗読に|声の書庫

感動・泣ける

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約5分(約1,500字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:感動・泣ける
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について

電子ピアノが当たり前になった時代に、四十年ひとすじで調律師を続けてきた女性。もう引退を、と考えていた彼女のもとに、三十年前に一度だけ訪れた家から電話がかかってきます。古いアップライトピアノと、そこに流れてきた時間をめぐる、静かな物語です。

この作品の中心にあるのは、世代を越えて受け継がれていく一つの音です。かつて少女だった人が母になり、その娘が同じ鍵盤に向かう――変わっていく家族と、変わらない「ド」の音の対比に注目すると、ラストの一行がいっそう深く響きます。

全体を通して、語り手のささやかな諦めと、静かに灯り直す希望を、抑えた穏やかなトーンで語るのがおすすめです。声を張らず、思い出を一つひとつ確かめるように読むことで、聴き手の心にじんわりと残る朗読になります。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

全体は、年配の女性が静かに昔を振り返るような、落ち着いた低めのトーンで読むのが効果的です。冒頭の「調律という仕事を、もう辞めようと思っていた」は、寂しさをにじませながらも、淡々と語り出してください。

② 緩急のつけ方

電話の「ピアノの音が、少し低くなった気がして」の前後で一度間を取り、「三十年前、同じ家に伺ったことがある」はゆっくりと。真ん中の「ド」を鳴らす場面は、音が伸びていく余白を、たっぷり取りましょう。

③ 感情表現のコツ

「ほら、これがこの子の声だよ」は、思い出の中の自分の声として、ほんの少し若く、優しく。三つの世代がつながる一文は、感情を込めすぎず、静かな感慨を込めて読むと胸に届きます。

④ ラストの処理

最後の「思いのほか遠くまで、私を見送ってくれた」は、囁くようにそっと締めくくり、音が遠ざかる余韻を最後まで残してください。


── 台本本文 ──

調律という仕事を、もう辞めようと思っていた。

電子ピアノは狂わない。アプリが音を直してくれる時代に、わざわざ年寄りの私を呼ぶ家など、もうそうそうない。鞄の中の音叉も、近ごろは出番がなくて、少し錆びてきた。

四十年、私はこの仕事だけで生きてきた。誰かの家に上がり込んで、何時間もかけて、たった一台のピアノと向き合う。終われば、家の人がそっとお茶を出してくれる。そういう、静かな仕事だった。けれどいつの間にか、街からピアノの音そのものが消えていった。

そんな矢先に、一本の電話が鳴った。

「ピアノの音が、少し低くなった気がして」

住所を聞いて、私は受話器を握ったまま動けなくなった。三十年前、同じ家に伺ったことがある。

道に迷うかと思ったが、足が勝手に覚えていた。建て替わった家ばかりの住宅街で、その一軒だけが、昔のままそこに建っていた。門の前に立つと、胸の奥が、ことり、と鳴った。

「もしかして、昔うちのピアノを見てくださった……」

玄関先に出てきたのは、あのときまだ小学校に上がったばかりだった女の子――それが、母親の顔をして立っていた。

居間の隅に、見覚えのある茶色いアップライトピアノがあった。鍵盤の角は丸くすり減って、あの日より少しだけ、飴色に深まっている。

「これ、私が子どもの頃に弾いてたピアノなんです。今は娘が習っていて」

彼女の足元から、五つか六つの女の子が、こちらを覗いていた。三十年前の彼女に、よく似ていた。

蓋を開け、弦に触れる。少し緩んでいた。弦の一本一本に、これまで弾かれてきた時間が宿っている。私はそれを、指先で読むようにして直していく。狂った音は、悪い音じゃない。ただ、長く頑張りすぎて、少し疲れているだけだ。

ピンを回し、音をひとつずつ起こしていく。低い音から、高い音へ。眠っていた音が、ひとつ、またひとつと、目を覚ましていった。

最後に、真ん中の「ド」を鳴らした。まっすぐに伸びていく、その一音。

「あ」

母親になった彼女が、小さく声を漏らした。

「この音……覚えてます。初めてこのピアノが来た日、あなたが、この『ド』をぽーんって鳴らして。『ほら、これがこの子の声だよ』って」

そうだった。私はいつも、調律のおわりに真ん中のドを鳴らす。これがこの子の声ですよ、と。三十年前も、たしかにそう言った。覚えていてくれたのか。

「もう一回、弾いてもいいですか」

娘さんが、たどたどしい指で『きらきら星』を弾きはじめた。音を外しながら、それでも一生懸命に。母親が小さく口ずさみ――その奥で、白髪のおばあちゃんが、エプロンで手を拭きながら、台所からそっと顔を出して聞き入っていた。三十年前、緊張した顔で「この子に、いい音を聞かせてやりたくて」と言っていた、あの若いお母さんだ。

三十年前のドの音が、いま、三つの世代をつないでいる。

私は、鞄を閉じる手を止めた。錆びかけた音叉を、もう一度きれいに磨こう、と思った。

電子ピアノは、たしかに狂わない。でも、狂った音をまた起こして、誰かの声に戻してやれるのは――まだ、私の仕事だ。

「また狂ったら、いつでも呼んでください」

玄関を出ると、背中で、たどたどしい『きらきら星』が、もう一度はじまった。

帰り道、空が夕焼けに染まっていた。鞄は、来たときよりも、ずっと軽く感じた。その音が、思いのほか遠くまで、私を見送ってくれた。

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