【フリー朗読台本】君が聴いてくれた、放課後のピアノ|10分・1人用|甘酸っぱい初恋を演じたい女性に|声の書庫

恋愛/青春

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約10分(約3,000字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:恋愛・青春
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について

放課後、誰もいなくなった音楽室。古いアップライトピアノを弾くことだけが、彼女のささやかな時間でした。ある日から聞こえはじめた、廊下の向こうのかすかな足音——本作は、すりガラス一枚を隔てた距離から静かに始まる、ゆっくりとした初恋の物語です。

派手な事件は起こりません。「足音」と「ピアノの音」だけで縮まっていく距離の描き方が、この作品のいちばんの読みどころ。弾けなくなった彼と、誰にも聴かせるつもりのなかった彼女が、一台のピアノの前で並ぶまでを、丁寧にたどっていきます。

朗読の際は、終始穏やかで、少し内省的なトーンがおすすめです。誰かに語りかけるというより、過ぎた季節をそっと思い返すように。雨の場面から連弾の場面にかけて、声に少しずつ熱を灯していくと、ラストの余韻が深まります。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

全体を通して、過ぎた日をやさしく懐かしむような、落ち着いた語りで。冒頭の「放課後の音楽室は、いつも私ひとりの場所だった」は、寂しさよりも“居心地のよさ”をにじませて、淡々と読み始めてください。

② 緩急のつけ方

「決まって同じ足音が聞こえた」のくだりは、ほんの少し声を潜めて、ためらいと好奇心を漂わせます。彼が初めて口を開く「……ごめん。ずっと、勝手に聴いてた」の直前では、たっぷりと間を取ると効果的です。

③ 感情表現のコツ

連弾の場面がクライマックスです。「そのたびに顔を見合わせて笑った」では、声に笑みを含ませて少しテンポを上げて。彼の告白部分は、抑えた声で、彼の指の震えを代弁するように静かに。

④ ラストの処理

最後の「まっすぐな、その足音が。」は、急がず、ふっと微笑むように。言い切らず、余韻を残して声が消えていくように締めくくってください。


台本本文

放課後の音楽室は、いつも私ひとりの場所だった。

吹奏楽部でも、合唱部でもない。私はただ、誰もいなくなった夕方の教室で、隅に置かれた古いアップライトピアノを弾くのが好きだった。鍵盤の右端は少し黄ばんでいて、高いミの音だけ、ほんのわずかにくぐもる。長いあいだ調律されていない証拠だけれど、その小さな癖を、私は嫌いじゃなかった。世界に一台だけの音、みたいな気がして。

弾きはじめると、外の世界が遠ざかっていく。グラウンドの掛け声も、廊下を行き交う声も、職員室から漏れる電話の音も、傾いた夕日に溶けて、やがて指先の音だけが残る。誰かに聴かせるつもりはなかった。上手なわけでもない。間違えても、つっかえても、ここなら誰も困らない。下手な私のための、誰もいない教室。それで充分だった。

最初にあの足音に気づいたのは、六月のはじめ、梅雨入りの少し前だった。

弾き終えて手を止めると、廊下の向こうで、誰かがそっと立ち去る音がした。スニーカーの底が床を擦る、遠慮がちな音。気のせいだと思った。けれど次の日も、その次の日も、私が最後の和音を鳴らした、ちょうどその直後に、決まって同じ足音が聞こえた。弾いているあいだは息をひそめるように静かで、終わると、逃げるように去っていく。

誰だろう、と思った。最初は少し、気味が悪かった。でもその足音は、いつも私が一番気持ちよく弾けた日に限って、長く留まっているような気がした。

ある日、私は弾く手を止めずに、メロディを続けたまま、そっと扉のほうへ目をやった。すりガラスの向こうに、背の高い人影。制服のシルエットには、見覚えがあった。隣のクラスの、葉山くんだった。掃除当番でもないのに、いつも妙に遅くまで学校に残っている、無口な人。

見つかったと気づいたのか、人影はあわてて離れていった。私は曲の途中で思わず吹き出してしまって、そこからしばらく、まともに弾けなかった。

それから、私は少しだけ、彼を意識するようになった。彼が廊下にいると分かっている日は、いつもより少しだけ、丁寧に弾いた。間違えそうな小節の前で、自然と息を整えるようになった。誰にも聴かせるつもりはなかったはずなのに、いつのまにか私は、すりガラスの向こうのたったひとりのために、鍵盤を押していた。

不思議なことに、それで弾くのが嫌になることはなかった。むしろ、ひとりきりだったあの教室に、ほんの少しだけ、灯りがついたみたいだった。

その人影が、ついに扉の中へ入ってきたのは、よく降る雨の日だった。傘を持ってこなかったらしく、彼の制服の肩は、ぐっしょりと濡れていた。

「……ごめん。ずっと、勝手に聴いてた」

葉山くんは、濡れた前髪を指でかきあげながら、ひどくばつが悪そうに言った。私は鍵盤から手を離して、どう答えればいいのか分からなくて、ただ小さく「うん」とだけ返した。

「迷惑、だったよな」

「ううん。……というか、知ってたよ」

「えっ」

「足音。毎日、聞こえてたから」

彼は耳まで赤くなって、それから観念したみたいに、窓の外の雨を見ながら、ぽつりぽつりと話しはじめた。

「俺さ、昔ピアノ習ってたんだ。物心ついた頃から、ずっと。それなりに、自信もあった。でも、五年生のコンクールで、本番の途中で頭が真っ白になって、止まっちゃってさ。鍵盤の上で、指が一ミリも動かなくなったんだ。あの沈黙、いまでも夢に見るよ」

雨の音が、窓ガラスを静かに叩いていた。

「それきり、怖くなって、やめた。ピアノの前に座るだけで、手が震えるようになって。……でも、ここの前を通るたびに聴こえてくる音が、すごく自由でさ。間違えても、つっかえても、平気な顔で続いてて。あ、こんなふうに弾いてもいいんだって、思えたんだ。だから、つい」

私は、なんて言えばいいのか分からなかった。慰めの言葉も、気のきいた返事も、何も浮かばなかった。だから代わりに、椅子を半分だけ横にずらして、空いた右側を、ぽんと手のひらで叩いた。

「……座る?」

「いや、俺はもう、弾けないから」

「いいから。低いほうだけでいいよ。すごく簡単なところ、教えるから」

彼はしばらく、扉と私のあいだで迷っているようだった。それからようやく観念したみたいに、おそるおそる、隣に腰を下ろした。久しぶりに鍵盤へ触れる指は、最初の一音を鳴らすのに、ずいぶん時間がかかった。ようやく鳴ったその音は、かすれて、少し震えていた。

それでも、音は、続いた。

私が右手で高いほうのメロディをなぞり、彼が左側で、ゆっくりと、ひとつずつ和音を重ねていく。何度もリズムがずれて、何度も二人同時に止まって、そのたびに顔を見合わせて笑った。古いピアノの、あのくぐもった高いミの音が、雨の音に混ざって、教室いっぱいに響いた。

お世辞にも上手とは言えない、でこぼこの連弾だった。きっと、誰かに聴かせられるようなものじゃなかった。でも、いつも私ひとりだった放課後の音楽室が、その日はじめて、ひとりの場所じゃなくなった。たったそれだけのことが、どうしようもなく、嬉しかった。

最後の音が消えたあと、彼が、鍵盤を見つめたまま、小さく言った。

「……明日も、来ていい?」

私は、鍵盤の右端の、あの黄ばんだ場所を、指先でそっと撫でた。胸の奥が、夕日みたいに、じんわりとあたたかかった。

「足音、立てて隠れてこなくていいよ」

葉山くんが、声を出して笑った。つられて私も笑った。気がつくと、窓の外で、長かった雨が、ちょうど上がりかけていた。

——あれから、季節がいくつか過ぎた。私たちは今でも、毎日のように、この古いピアノの前に、並んで座っている。相変わらず、高いミの音はくぐもっているし、相変わらず、彼の指はときどき止まる。それでも、止まるたびに二人で笑って、もう一度、はじめから弾きなおす。

もう私は、ひとりきりで弾いていたあの夕方を、うまく思い出せなくなってしまった。

今日も廊下の向こうから、すっかり聞き慣れた足音が近づいてくる。もう隠れる気のない、まっすぐな、その足音が。

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