📖 この台本について
⏱ 読了時間:約5分(1500字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:感動・泣ける
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
雨の日に傘を忘れた社会人の娘が、駅の軒先で立ち止まったことをきっかけに、不器用だけれど確かに自分を守ってくれていた父の姿を思い返す物語です。脳梗塞で倒れた父がリハビリの一環として書いた手紙が届き、言葉にできなかった父娘の想いが静かに交差します。
本作の特徴は、「言葉にしない愛情」を一貫して描いている点です。父は生涯「愛してる」とは言わず、運動会前夜の靴磨きや受験の朝の缶コーヒーといった行動でのみ気持ちを伝えます。手紙の最後の一行「雨の日は傘を持って行け」に、父の人柄と愛情のすべてが凝縮されています。
朗読の際は、抑えた声で静かに語りながら、手紙を読む場面だけ少し声を震わせるような緩急をつけると効果的です。感情を爆発させるのではなく、喉の奥にこみ上げるものを堪えるような表現が、この作品の持ち味を引き出します。
① 語りのトーン 冒頭は雨の日のだるさと少しの苛立ちを含んだ声で始めてください。「またやった」というセリフは、自分に呆れるような軽い口調が合います。父の回想に入る「そのとき、ふいに思い出した」から声のトーンを少し落とし、懐かしさと切なさが混ざった温度に切り替えます。全体を通して、大人になった娘が過去を振り返る落ち着いた語りを軸にしてください。 ② 緩急のつけ方 父の日常を描く場面は穏やかなテンポで読み進め、「父が倒れたという知らせを受けた」の一文では明確に間を取ってください。リハビリの場面「黙々と手を動かす父の横顔を見て、私はようやく泣いた」は速度をぐっと落とし、一語ずつ丁寧に置くように読むと感情が伝わります。 ③ 感情表現のコツ 手紙の朗読パートが最大の山場です。「雪子へ」と名前が書かれているだけで喉が詰まる場面では、実際に息を小さく吸い込んでから読み始めると、聞き手にも緊張が伝染します。手紙の最後「雨の日は傘を持って行け」は、不器用な父の声を想像しながら、ぶっきらぼうだけど温かい声で読んでください。 ④ ラストの処理 ラストの「あの不器用な背中が振り返った気がした」は、声を小さくしながらも明瞭に発音し、余韻を持たせて終えてください。雨音の中に父の気配を感じる瞬間を、聞き手の心に残すように。読了後は3〜4秒の静寂を置くのが理想です。▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
── 台本本文 ──
雨が降り出したのは、昼過ぎのことだった。天気予報など見ずに家を出た私は、駅の改札を抜けた瞬間、軒先に広がる灰色の空を見上げて、小さく舌打ちをした。
「またやった」
傘を持ってくるのを忘れたのは、今年に入ってもう三度目だ。コンビニで買えばいい。そう分かっていても、なぜか足が動かなかった。ただ、雨粒が跳ねるアスファルトをぼんやりと眺めていた。
そのとき、ふいに思い出した。
父のことを。
私が小学生のころ、父は毎朝同じ時間に家を出た。紺色のスーツに、くたびれた革靴。背中がすこし丸くなっていて、それでも歩くときはいつも真っ直ぐ前を向いていた。
ある日、学校帰りに雨に降られた私は、傘も持たずずぶ濡れで帰ってきた。玄関を開けると、台所から父の声がした。
「おかえり。濡れたか」
なんでいるの、と聞くと、父は照れくさそうに頭をかいた。
「なんとなく、今日は雨が降りそうだと思ってな」
そんなことが、何度あっただろう。運動会の前日に靴を磨いてくれたこと。受験の朝、何も言わずそっと温かい缶コーヒーを差し出してくれたこと。私が泣いていても、ただ隣に座っていてくれたこと。
父は多くを語らない人だった。「愛してる」なんて言葉は、生涯一度も聞いたことがない。でも、その手はいつも、私が必要なときに差し伸べられていた。
私が東京に出てきたのは、二十二歳の春だった。就職が決まって、はじめて一人暮らしをはじめたあの日、父は駅まで車で送ってくれた。新幹線のホームで、ぎこちなく手を振る父の姿を、私は窓越しにずっと見ていた。
それから四年が経った。
父が倒れたという知らせを受けたのは、ちょうど一年前の、やはり雨の日だった。
脳梗塞。右半身に麻痺が残る可能性がある、と医師に告げられたとき、母は泣き崩れた。私は泣けなかった。ただ、冷たい廊下の椅子に座って、父の名前を何度も心の中で繰り返していた。
父は回復した。完全ではないけれど、杖をつきながら歩けるようになった。言葉も少しずつ戻ってきた。リハビリのたびに黙々と手を動かす父の横顔を見て、私はようやく泣いた。病院の駐車場で、誰にも見えないように、声を殺して。
退院して数週間後、父から手紙が届いた。
父が手紙を書くのを、私は見たことがなかった。右手が不自由になってから、リハビリの一環として文字を書く練習をしていたと、あとから母に聞いた。
封筒を開けると、不揃いで、でも丁寧な文字が並んでいた。
「雪子へ」
私の名前が書いてあるだけで、もう喉が詰まった。
手紙にはこう書いてあった。
「病院のベッドで、いろんなことを考えた。お前のことを、ちゃんと言葉にしておけばよかったと思った。父さんは不器用だから、ずっとうまく言えなかった。でも、お前が生まれた日のことを、今でも昨日のことのように覚えている。小さな手だった。こんなに小さな手が、ちゃんと父さんの指を握った。それだけで、父さんはもう、生きていける気がした。これからも元気でいろ。雨の日は傘を持って行け」
最後の一行を読んで、私は声を上げて泣いた。
父らしかった。最後まで、父らしかった。
雨の音が続いている。
私はコンビニで傘を買う代わりに、鞄の底を探った。いつから入れていたのかも忘れていた折りたたみ傘が、手に触れた。
「ありがとう、お父さん」
声に出したのは、誰もいない軒先だった。
でも確かに、雨音の向こうから、あの不器用な背中が振り返った気がした。
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