📖 この台本について
⏱ 読了時間:約7分(2170字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ミステリー・サスペンス
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
深夜に起きた住宅火災の保険調査を担当する女性が、家族四人の証言に潜むわずかな食い違いに気づいていく物語です。誰も嘘をついていないはずなのに、証言を重ねるほど、家の中に説明のつかない空白が浮かび上がってきます。
本作の読みどころは、派手な事件ではなく、日常的な言葉の選び方の中に潜む違和感を丁寧に追っていく構成です。証言記録という地味な素材から、じわじわと不穏さが立ち上ってくる過程を楽しめます。
朗読する際は、淡々とした調査報告のトーンを基本にしながら、家族それぞれの証言部分だけわずかに温度を変えると、証言の不自然さが際立ちます。感情を込めすぎず、静かに謎を提示する語り口が向いています。
▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
全体を通して、保険調査員としての冷静な視点を保つことが大切です。感情を煽らず、淡々とした報告書を読み上げるような、抑えた声のトーンを基本にしてください。
② 緩急のつけ方
「母親は言った。『あの時、私は寝室の隣、書斎にいました』」のように証言を引用する場面では、話者ごとにほんの少しだけ声の高さや速さを変えると、四人の証言の違いが聞き手に伝わりやすくなります。
③ 感情表現のコツ
「あの時、私は寝室の隣――いえ、書斎にいました」という言い直しの場面は、慌てず、ほんの一拍だけ間を置いてから続けることで、証言の綻びが自然に際立ちます。
④ ラストの処理
結末は謎を解き明かさずに終わります。最後の一文は答えを急がず、しみじみと問いかけるように、声のトーンをすっと落として静かに締めくくってください。
台本本文
保険調査の仕事を始めて、もうすぐ八年になる。
火災現場を歩くたびに、灰の匂いには嘘の匂いが混じっていることに気づくようになった。今回の現場も、そうだった。
深夜二時に出火したという、郊外の一戸建て。両親と息子夫婦、四人家族が暮らす家だった。
焼け落ちた屋根の下、黒く煤けた壁を見上げながら、私は先に到着していた消防の担当者から、簡単な状況の説明を受けた。
「出火元は二階の寝室、逃げ遅れた人はいません。全員無事です」
その言葉に、まず胸を撫で下ろした。けれど同時に、調査員としての勘が小さく引っかかった。全員無事で済んだにしては、家の中の焼け方に妙な偏りがあったからだ。
焼け跡を歩きながら、私は担当者から渡された聴取記録を読み返していた。
母親は言った。「あの時、私は寝室の隣、書斎にいました」
父親は言った。「わたしも、ちょうど隣の和室で本を読んでいたんです」
息子は言った。「僕は妻の部屋の隣、子供部屋にいました」
嫁は言った。「わたしは主人の隣にいました、本当です」
四人とも、誰かの「隣」にいたと証言している。ずいぶん几帳面な証言だな、と最初は思っただけだった。
けれど間取り図を広げてみると、おかしなことに気づいた。書斎の隣は和室ではなく、廊下を挟んだ反対側にある。子供部屋の隣にあるのは、嫁の言う「主人の部屋」ではなく、物置だった。
つまり、この家族の証言する「隣」は、少なくとも一箇所は嘘でなければ成立しない位置関係だった。誰か一人が、本当はどこか別の場所にいた。
私は現場に何度も足を運んだ。焼け残った柱時計、溶けたガラスの破片、水を吸って膨らんだアルバムの背表紙。
手がかりは少なかったが、玄関脇の下駄箱の奥から、サイズの違う一足の靴が見つかった。家族の誰の足にも合わない、小さな靴だった。
事務所に持ち帰り、先輩の調査員に見せると、彼は靴の中敷きを覗き込んでこう言った。
「これ、片方だけ随分傷んでるな。誰かが、長いこと片足だけを庇うような歩き方をしていたんじゃないか」
聴取記録をもう一度読み直す。四人の証言はどれも、隣の部屋にいた「誰か」の存在を証明するために、微妙に言葉を選んでいるように見えた。
まるで、口裏を合わせる前に一度だけ、本当のことを言いかけたかのような、小さな言い淀みが記録の端々に残っている。
母親の聴取記録には、こう書かれていた。「あの時、私は寝室の隣――いえ、書斎にいました」
その一瞬の言い直しに、私は線を引いた。
同じ日の別のページ、父親の記録にも、似たような言い淀みが見つかった。「わたしは和室に――いや、隣の和室にいたので」
誰も、最初の言葉をそのまま言い切ることができていない。
火元は、息子夫婦の寝室だった。出火当時、家の中に本当にいたのは何人だったのか。
四人が四人とも、誰かの「隣」を証言することで、実際にはそこにいなかった一人の不在を、静かに隠そうとしていたのだとしたら。
私はもう一度、下駄箱の靴のサイズを調べ直した。二十一・五センチ。家族四人の誰の足にも合わない、小さな靴。
母屋の見取り図をもう一度、隅から隅まで見直してみると、階段の下、収納として使われていたはずの小さな三畳間だけが、他の部屋と比べて不自然なほど焼け方が浅いことに気づいた。
煙にはひどく燻されているのに、床板そのものはほとんど無事だった。まるで、火が及ぶ前に、誰かがそこから外へ運び出されたかのように。
近所への聞き込みでも、収穫はほとんどなかった。ただ一人、向かいに住む年配の女性だけが、こんなことを口にした。
「あそこの家、小さい子の声がしたことがあったのよ。もう何年も前だけど」
家族の誰も、家に子供がいるとは一度も証言していなかった。
私は報告書に、こう記すことしかできなかった。「証言に不整合が認められるが、放火の意図を示す直接的な証拠は発見されず」
保険金は、規定通り支払われることになるだろう。私にできるのは、事実を書き残すことだけで、その先を追及する権限は、私にはない。
ただ、現場を最後に離れる前、私はもう一度、あの小さな靴を手に取った。
焼け跡の熱で歪んだつま先の形は、大人のものにしては小さすぎて、子供のものにしては、少しだけ大きかった。
家族は四人だと、聴取記録には書かれている。けれど、この家に本当は、五人目の誰かがいたのではないか。その誰かが今、どこで、何をしているのか。
私が知ることのできる範囲は、ここまでだった。
灰の匂いに嘘が混じるとき、いつも思う。人は隠したい事実があるとき、饒舌になる。
あの家族は、あまりにも詳しく「隣」を語りすぎていた。本当に何もなければ、人は自分の居場所を、そこまで丁寧には説明しない。
事務所に戻ってから、私はもう一度だけ、四人分の聴取記録を並べて読み比べた。
四つの証言はどれも矛盾なく組み合わさっているように見えて、実は誰も「自分ひとりで、その部屋にいた」とは言っていなかった。
誰もが誰かの「隣」を借りて、自分の居場所を語っていた。まるで、本当の空白を、四人がかりで覆い隠すように。
報告書を鞄にしまいながら、私は小さな靴だけを、もう一度そっと下駄箱の奥に戻した。誰かが探しに来るとしたら、それは私の仕事ではない。
ただ、次にあの家の前を通ることがあったら、玄関の灯りが何個、点いているか、数えてみようと思う。
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