【フリー朗読台本】火曜日だけのカルテ|15分・1人用|淡々と狂気を演じたい人へ|声の書庫

ミステリー・サスペンス

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約15分(4500字)
👤 登場人物:男性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ミステリー・サスペンス
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について

町外れの小さな診療所に、毎週火曜日だけ訪れる患者がいた。予約はいつも一番最後の枠。同じ時間に来て、同じ椅子に座り、特に大きな不調を訴えるわけでもない。語り手である「私」は、その患者のカルテを書きながら、ある違和感に気づいていく。その人の話す近況が、少しずつ、現実とずれていくのだ。これは、診察室という閉じた空間で、ひとりの医師がたどり着く静かな真相の物語です。

この作品の読みどころは、診療記録という事務的な記述の積み重ねから、じわじわと不穏さが滲み出てくる構成にあります。声を荒げる場面はひとつもありません。淡々としたやり取りの中に違和感の種が蒔かれ、最後の一枚のカルテで、すべての意味が裏返ります。

朗読の際は、感情を抑えた冷静な語り口が効果的です。あくまで記録を読み上げるような平坦さを保ちながら、終盤でその平坦さ自体が恐ろしく感じられる──そんな逆転を意識すると、この作品の持ち味が際立ちます。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

全体を、診療記録を読み上げるような、抑制の効いた冷静なトーンで通します。冒頭の「火曜日の最後の枠は、いつも彼女のものだった。」は、淡々と、事務的に。感情を込めすぎず、むしろ無機質なくらいの語りが、後半の不穏さを引き立てます。

② 緩急のつけ方

「先生、先週はありがとうございました。」という患者のセリフは、一見ごく普通に、しかしどこか噛み合わない違和感を残して。語り手が「先週、彼女は来ていない。」と気づく場面では、一拍の間を置いてから、声をわずかに低く落とします。気づきの瞬間ごとに、テンポを少しずつ遅くしていくのが効果的です。

③ 感情表現のコツ

真相に近づく場面でも、決して取り乱さないでください。「カルテは、最初から一枚も存在していなかった。」の一文は、感情を排して、囁くように静かに。冷静さを保ったまま語ることで、語り手自身の足元が崩れていく恐怖が伝わります。

④ ラストの処理

最後の「だから来週も、私は火曜日の最後の枠を、空けておく。」は、ゆっくりと、感情を平坦に保ったまま締めくくります。読み終えたあと数秒の沈黙を置くと、語り手がどこにいるのかという問いが、聞き手の中に静かに残ります。


台本本文

火曜日の最後の枠は、いつも彼女のものだった。

私の診療所は、町外れの古い建物の一階にある。患者はそう多くない。慢性的な不調を抱えた高齢者が大半で、午後six時には看護師も帰り、最後の一枠だけは、いつも静かだった。その静けさの中に、彼女は毎週やってくる。

名前は、佐倉さん。年の頃は三十代の半ば。初めて来たのは、半年ほど前だったと思う。軽い不眠と、ときどき胸が苦しくなる、という訴えだった。検査をしても、特に異常は見つからない。私は軽い安定剤を出し、また様子を見ましょう、と告げた。それから彼女は、毎週火曜日の最後の枠に、欠かさず通ってくるようになった。

「先生、先週はありがとうございました」

診察室に入ってくると、彼女はいつもそう言って、丁寧に頭を下げる。窓際の椅子に座り、両手を膝の上で重ねる。その所作は、いつも同じだった。

「変わりはありませんか」と私が尋ねると、彼女は少し考えてから、近況を話し始める。職場のこと、近所のこと、見た夢のこと。医師に話すというより、誰かに聞いてほしいだけのような、そんな話し方だった。私はカルテに、彼女の言葉を書き留めていく。それが、火曜日の最後の、私の仕事だった。

最初に違和感を覚えたのは、三ヶ月ほど前のことだ。

その日、彼女はこう言った。「先生、先週お話しした猫、結局うちで飼うことにしたんです」と。私はカルテをめくった。先週の記録に、猫の話など、どこにもなかった。書き忘れたのだろうか。私は曖昧に頷いて、聞き流した。

けれど、そういうことが、少しずつ増えていった。

彼女は、先週話したはずのことを前提に、話を続ける。けれど私のカルテには、その「先週の話」が、記録されていない。最初は私の記入漏れだと思った。歳のせいで、書き忘れが増えたのかもしれない、と。

そこで私は、録音を始めることにした。彼女の同意を得て、診察のやり取りを、すべて記録した。これで、書き漏らしはなくなる。そう思っていた。

翌週の火曜日。彼女はいつものように現れ、いつものように座り、こう言った。

「先生、先週はありがとうございました」

診察を終えたあと、私は録音を再生した。彼女の声を、もう一度確かめるために。けれど、再生されたのは、私ひとりの声だけだった。「変わりはありませんか」「では、また来週」──私が、誰もいない椅子に向かって、ひとりで話している声だけが、そこに残っていた。

私は、再生を止めた。機械の不調だと、自分に言い聞かせた。

けれど、その夜、私は眠れなかった。

佐倉さんの初診のカルテを、もう一度確かめようと思った。半年前の記録。最初の問診票。何か、手がかりがあるはずだ。私は古いカルテの束を、一枚ずつめくっていった。

佐倉さんのカルテは、なかった。

一枚も。半年分、毎週欠かさず書いていたはずの記録が、どこにも存在しなかった。私が書いたと思っていたカルテは、すべて白紙だった。いや、白紙ですらない。最初から、彼女の分のカルテ用紙が、一枚も綴じられていなかった。

カルテは、最初から一枚も存在していなかった。

私は、震える手で、診察の予約簿を開いた。火曜日の最後の枠。そこには、半年前から今日まで、ずっと同じ文字で「予約なし」と記されていた。私の筆跡で。

では、私は。半年間、毎週火曜日の最後の枠で、誰と話していたのか。

記憶を、必死にたどった。佐倉さんの顔。声。膝の上で重ねられた両手。丁寧なお辞儀。それらは、確かに、はっきりと思い出せる。けれど──思い出そうとするほど、その顔の輪郭が、ぼやけていく。まるで、自分で作り上げたものを、必死に本物だと信じ込もうとしているかのように。

私は、ひとつの可能性に思い至った。そして、それを確かめるのが、怖かった。

翌朝、私は隣町の総合病院を訪ねた。古い知り合いの医師がいる。彼に、佐倉という三十代の女性の患者について、心当たりがないか尋ねた。半年前まで、このあたりに住んでいたかもしれない、と。

彼は、少し驚いた顔をして、それから静かに言った。「君の診療所の、すぐ近くに住んでいた人だよ。佐倉さん。一年前の冬に、亡くなったはずだ。きみも、葬儀に来ていただろう」

一年前。半年前ではなく。

私は、何も言えなかった。彼は続けた。「あのあと、君は少し、様子がおかしかった。診療所を一週間、閉めていた時期があっただろう。覚えていないのか」

覚えて、いなかった。

診療所に戻って、私は火曜日の最後の枠の椅子を、長いあいだ見つめていた。窓際の、彼女がいつも座っていた椅子。誰も座っていない、空の椅子。

私は、思い出し始めていた。彼女が、ただの患者ではなかったことを。一年前のあの冬、私が救えなかった患者が、誰だったのかを。胸の苦しみを訴えていた彼女に、私は安定剤しか出さなかった。大したことはない、と。検査では異常がない、と。そして彼女は、ある火曜日の夜、誰にも看取られず、ひとりで亡くなった。次の予約の、前の晩に。

私が会っていたのは、患者ではなかった。私自身が、彼女のために空け続けた、火曜日の最後の枠そのものだった。償いたかったのは、私のほうだったのだ。だから私は、誰もいない椅子に向かって、半年ものあいだ、診察を続けていた。彼女の声を、自分で作り、自分で答えていた。

それでも。

私は、録音をもう一度、再生してみた。私ひとりの声。誰もいない部屋。「では、また来週」と、私が言う。

その直後。録音の最後に、ほんのかすかに、ひと言だけ、別の声が入っていた。

「先生、ありがとうございました」

機械の雑音かもしれない。私の願いが見せた、幻聴かもしれない。けれど私は、それを消さなかった。

だから来週も、私は火曜日の最後の枠を、空けておく。

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