📖 この台本について
⏱ 読了時間:約8分(約2380字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ホラー・怪談
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
単身者向けの古いアパートに暮らす女性が、深夜二時になると決まって点灯する共用廊下のセンサーライトに気づくところから始まる物語です。誰もいないはずの廊下に灯る明かりと、そこに宿る小さな気配を通して、日常のすぐ隣にある不在と喪失を静かに描きます。
この作品の読みどころは、恐怖と寂しさが少しずつ入れ替わっていく過程にあります。単なる怖い話として終わらせず、明かりの向こうにいる誰かの「終わっていない気持ち」に焦点を当てている点が特徴です。隣人の女性から語られる真相が、物語の印象を大きく変えていきます。
朗読する際は、序盤は淡々とした落ち着いたトーンを保ち、隣人から真相を聞かされる場面でわずかに声のトーンを落とすと効果的です。ラストの短い声のやり取りは、感情を込めすぎず、むしろ静かに届けることを意識すると余韻が生きてきます。
▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
全体を通して、感情を大げさに乗せず、淡々とした語り口を基本にしてください。深夜の静けさが伝わるよう、声量を抑えめにし、間を大切にすることで恐怖よりも「切なさ」が滲む朗読になります。
② 緩急のつけ方
隣人が「あの廊下で、亡くなったのよ」と語る場面では、一拍間を置いてから続けると効果的です。声のトーンをわずかに落とし、囁くように読むことで、事実の重みが伝わります。
③ 感情表現のコツ
クライマックスの「大丈夫ですか」は、勇気を振り絞るような、少し震えた声で読んでください。抑えていた感情がわずかに漏れ出るイメージです。その直後の「ありがとう」は、聞き取れるかどうかのギリギリの小ささで、消え入るように読むと効果的です。
④ ラストの処理
最後の一文は、恐怖の余韻ではなく、静かな寂しさを残すように、ゆっくりと、語りかけるように締めくくってください。声を張らず、そっと置くように終えることで、聞き手の心に長く残る朗読になります。
台本本文
このアパートに越してきて、三年になる。
築三十年の、単身者向けの古い建物だ。エレベーターは一基しかなく、各階の廊下は共用で、部屋のドアの前をぐるりと回るようにしてエレベーターホールまで続いている。廊下の照明は人感センサー式で、誰かが歩けば点き、しばらく人の動きがなければ自動で消える。ごくありふれた、どこにでもある仕組みだ。
それまでの三年間、この部屋で何かを感じたことなど一度もなかった。むしろ、静かで住み心地のいい部屋だと思っていたくらいだ。だからこそ、あの出来事は、今も鮮明に思い出せる。
異変に気づいたのは、二週間ほど前の深夜だった。
トイレに起きて、ふと廊下側の窓の外がうっすら明るいことに気づいた。カーテンの隙間から漏れる明かりが、いつもより白っぽい気がした。時計を見ると、深夜二時。私は特に気にも留めず、また眠りについた。
けれど翌晩も、その翌晩も、まったく同じ時刻に廊下の明かりが点いた。
最初は気のせいだと思おうとした。誰かが夜勤明けで帰ってきたのかもしれない。誰かが忘れ物を取りに戻ったのかもしれない。そう自分に言い聞かせて、私はしばらく様子を見ることにした。けれど一週間が経っても、明かりは毎晩同じ時刻に、決まって点いた。
管理会社に電話をして相談すると、担当の男性は少し困ったような声で答えた。「点検はしていますが、センサー自体に異常は見つかっていません。誤作動かもしれませんね。念のため、もう一度確認しておきます」。
それから数日が経ったが、状況は変わらなかった。むしろ、点灯している時間が、少しずつ長くなっているような気さえした。
会社の同僚に相談してみたこともある。「そんなの、気にしすぎだよ。古い建物なんだから、配線の劣化とかじゃない?」と笑われた。確かにその通りかもしれない、と自分でも思おうとした。理屈で考えれば、センサーの故障くらい、どこにでもある話だ。けれど、夜が更けて一人になると、その理屈はあっさりと崩れてしまう。時計の針が深夜二時に近づくだけで、布団の中で息を止めてしまう自分がいた。
私は次の晩、思い切って玄関のドアをほんの少しだけ開けて、廊下の様子を覗いてみることにした。冷たい空気が足元に流れ込んでくる。心臓が、いつもより速く鳴っているのがわかった。
案の定、深夜二時ちょうどに、廊下の照明がぱっと点いた。けれど、そこには誰の姿もない。ただ、蛍光灯の白い光だけが、しんと静まり返った廊下を照らしている。私はドアの隙間から、その光をじっと見つめていた。
すると、明かりが消える直前、ほんの一瞬だけ、廊下の突き当たり――エレベーターホールに近いあたりに、人影のようなものが揺れた気がした。小さく、うずくまるような影。
見間違いだと、自分に言い聞かせた。けれど、その夜を境に、私は深夜二時になると自然と目が覚めるようになってしまった。
ある朝、ゴミ出しの時間に、隣の部屋に住む年配の女性と顔を合わせた。世間話のついでに、思い切って廊下の明かりのことを聞いてみることにした。
彼女は少し声を落として、こう言った。「ああ、あれね……。実はね、あなたの部屋の前に住んでいた人、引っ越し作業の途中で、階段のところで足を滑らせて。あの廊下で、亡くなったのよ」。
私は言葉を失った。彼女は続けて言った。「まだ荷造りの途中だったんですって。段ボールを両手に抱えたまま、真夜中にこっそり運び出そうとしていたらしくてね。急いでいたのか、足元が疎かになっていたみたい。きっと今でも、荷物を運び終えていないと思っているんじゃないかしらね」。
その話を聞いてから、廊下の明かりが点くたびに、私の中で何かが変わった。ただの恐怖ではなく、そこに、どこか寂しさのようなものが混ざっていくのを感じるようになったのだ。誰かが、まだそこで、終わっていない仕事を続けている。そう思うと、息をひそめて見守ることしかできなかった。
日中は、いつも通りの生活を送った。仕事に行き、買い物をし、夕食を作る。廊下ですれ違う住人たちも、いつもと変わらない顔をしていた。誰も、あの明かりのことなど気にしていないように見えた。もしかしたら、気づいているのは私だけなのかもしれない。そう思うと、余計に一人で抱え込んでいるような気持ちになった。
けれど夜になり、時計の針が深夜二時に近づくたびに、体のどこかが自然と緊張するのがわかった。眠っていても、その時刻になると必ず目が覚めてしまう。まるで、体そのものが何かを待っているかのようだった。カーテンの隙間から漏れる光の色を確かめるだけで、心臓の音がやけに大きく聞こえた。
そして昨夜のことだ。
深夜二時、いつものように廊下の明かりが点いた。私はドアを薄く開けて、廊下を見た。今回は、これまでよりもはっきりと、人影が見えた気がした。段ボールのようなものを両腕で抱えた、小柄な後ろ姿。それは、ゆっくりとエレベーターホールの方へ歩いていこうとしているように見えた。
私は思わず、声をかけていた。「大丈夫ですか」。
声は、思っていたよりも小さく震えていた。それでも、届いてほしいと思った。返事はなかった。人影は、すっと廊下の奥へ溶けるように消えていった。まるで、最初からそこに重さなど無かったかのように。けれど、明かりが消える直前、確かに聞こえたのだ。かすれた、けれど確かに女性の声で、「ありがとう」と。
それきり、廊下の明かりが深夜二時に点くことはなくなった。管理会社に確認しても、センサーには何の異常もないという。あの一件についても、誰かに話す気にはなれなかった。
けれど私は、今でも毎晩、深夜二時になると、ふと目が覚めてしまう。廊下の向こうに、まだ誰かがいるような、そんな気がして。カーテンの隙間から差し込む夜の暗さを見つめながら、私は今夜も、少しだけ耳を澄ませている。
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