📖 この台本について
⏱ 読了時間:約8分(約2,330字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ホラー・怪談
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
母の一周忌を翌日に控えた大晦日の夜、主人公は雪の降る一本道を歩いて実家へと向かう。ふと足元に目をやると、自分の足跡の隣に、もう一つ小さな足跡が並んで続いていることに気づく――。日常の中に静かに滲み出す、亡き人の気配を描いた一編です。
この作品の読みどころは、恐怖ではなく懐かしさとして描かれる「気配」にあります。雪道に浮かぶ足跡は脅かすためではなく、かつての記憶をそっとなぞるように現れ、消えていきます。派手な展開はなく、日常の延長線上に怪異が溶け込んでいく構成です。
朗読の際は、抑えたトーンで淡々と語ることを意識すると、この作品の持つ静けさと余韻がより引き立ちます。感情を大きく揺らすのではなく、静かに沈めていくような読み方が向いています。
▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
全体を通して、驚かせるための声色は不要です。「危ないから、こっち側歩きなさい」という母の声の記憶部分は、少し柔らかく、遠くから聞こえてくるような響きで読むと効果的です。
② 緩急のつけ方
「足跡は、一人分しかない」の直前は、一拍間を置いてから読むと緊張感が生まれます。逆に「消さんでいい。そのままにしとこう」という父のセリフは、間を詰めずゆっくりと、噛みしめるように読んでください。
③ 感情表現のコツ
恐怖よりも切なさを前面に。声を張り上げる場面はほとんどないので、囁くように、抑えた声で語り続けることを意識してください。
④ ラストの処理
「手袋を忘れてきたことに、そのとき初めて気がついた。」の一文は、余韻を残すため、あえて淡々と、感情を込めすぎずに読み終えるのがおすすめです。
台本本文
雪は音もなく降り続いていた。駅から実家まで続く、まっすぐな一本道を、わたしは俯きながら歩いていた。母の一周忌を明日に控えた、大晦日の夜だった。
この道を歩くのは、何年ぶりだろう。就職してから帰省は数えるほどしかなく、母が倒れたと聞いて駆けつけたときも、葬儀のときも、車で通り過ぎるばかりだった。歩くのは、本当に久しぶりだった。
街灯の間隔は、記憶よりずっと長く感じた。子供の頃は数えきれないほどあると思っていた電柱も、大人になった今歩いてみれば、驚くほど数が少ない。時間というのは、こういうところで人を裏切るのだと、場違いなことを考えながら歩を進めた。
コートの襟を立て、白い息を吐きながら歩くうち、ふと足元に目をやったわたしは、息を呑んだ。雪に残るわたし自身の足跡の隣に、もうひとつ、小さな足跡が並んで続いている。まるで誰かと手をつないで歩いているかのような、狭い歩幅だった。
振り返っても、道には誰もいない。街灯の明かりだけが、静かに雪を照らしている。それでも足跡は、確かにふたり分。わたしは思わず、右手を軽く握った。子供の頃、雪の夜にこの道を歩くとき、いつも母がそうしてくれたように。
「危ないから、こっち側歩きなさい」
母の声が、耳の奥で蘇る。小学生だったわたしの手を、母はいつも大きな手でしっかりと包んでくれた。除雪の行き届かないこの道を、母と二人、何度も何度も歩いた。学校帰り、塾帰り、時には理由もなく散歩がてら。そんな記憶が、雪の匂いと一緒に胸の奥からあふれてくる。
不思議と怖さはなかった。むしろ、懐かしさに似た温もりすら感じながら、わたしはゆっくりと足を進めた。歩幅を合わせるように、少しだけ歩みを緩めてみる。隣の足跡も、それに合わせるように、変わらぬ間隔でついてきた。
実家の門灯が見えてくる頃には、雪はさらに強くなっていた。それでも、隣の足跡は消えることなく、そこにあり続けた。まるで、これまでの帰り道すべてを、埋め合わせるかのように。
門の前で立ち止まり、来た道を振り返る。長く続く足跡を目で辿ったその瞬間、わたしは気づいた。足跡は、一人分しかない。
慌てて自分の足元を見る。そこにも、わたし一人の靴跡だけ。さっきまで確かにあったはずのもう一つの跡は、跡形もなく消えていた。まるで最初から、そこになかったかのように。
「おかえり。遅かったな」
引き戸を開けると、父が炬燵に入ったまま声をかけてきた。わたしは何も言えず、ただ頷いて雪を払い落とした。頬が冷たいのは、雪のせいだけではない気がした。
「お父さん、ここの道さ……昔、お母さんとよく一緒に歩いた?」
父は湯呑みを置き、少し驚いたような顔でわたしを見た。
「よく覚えてたな。お前が小さい頃、雪の夜はいつも、あいつが迎えに出てたよ。手ぇ繋いで、ゆっくりゆっくり歩いて帰ってきた。お前、あの道が好きだったろう。手袋、いつも忘れてくもんだから、あいつの手ぇ握って帰るのが一番あったかいって言ってたな」
わたしは黙って頷いた。父の言葉を聞きながら、さっき見た足跡のことは、なぜか口にできなかった。言葉にした途端、何かが崩れてしまいそうな気がしたからだ。
炬燵に入ると、去年のこの時期、母がまだ元気にみかんをむいていたことを思い出した。あと一年で、こんなにも景色が変わってしまうものかと、胸の奥が締めつけられる。台所からは、父が不器用に作った雑煮の匂いが漂ってきていた。母のレシピを、父なりに真似したのだろう。少し出汁が濃すぎたけれど、わたしは黙って完食した。
その夜、眠れずに縁側から庭を眺めていると、雪はすでに止んでいた。それなのに、玄関から門までの短い距離だけ、足跡がくっきりと残ったままだった。他の場所はとうに真っ白に均されているのに、そこだけ、まるで誰かが今しがた歩いたばかりのように、輪郭がはっきりと残っている。
風が吹いても、その足跡だけは崩れなかった。わたしはしばらく、息を潜めるようにしてその跡を見つめ続けた。
翌朝になっても、その足跡は消えなかった。近所の人が「珍しいこともあるもんだねぇ」と笑いながら通り過ぎていくのを、わたしは黙って見送った。父は縁側に立ち、しばらくその跡を見つめてから、静かに言った。
「消さんでいい。そのままにしとこう」
その声には、寂しさよりも、何か安堵に似た響きがあった。父もまた、あの足跡の意味を、どこかで分かっているのかもしれない。わたしはそれ以上、何も聞かなかった。
一周忌の法要を終え、親戚が帰っていったあとの家は、いつも以上に静かだった。夕方、駅へ戻るためにコートを羽織ると、父が「気をつけてな」とだけ言った。その目が、少しだけ庭の足跡に向いていた気がした。
わたしは再びあの一本道を歩いた。雪はもう降っていなかったが、道の途中、ふと足元を見ると、また隣に小さな足跡が並んでいることに気づいた。
今度は、怖くはなかった。振り返ろうとする気持ちを抑え、わたしはただ、右手をそっと軽く握った。かつて母の手を握ったときのように、指先に力を込める。冷たい空気の中に、ほんの少しだけ、あたたかさが混じっているような気がした。
「ただいま、じゃなくて、いってきます、だね」
小さくつぶやいて、わたしは前を向いたまま歩き続けた。振り返れば消えてしまう気がして、最後まで振り返らなかった。
駅に着き、ホームに立ってから、ようやく後ろを見た。長い道のりには、雪が薄く積もり始めていて、足跡はもう、どこにも見当たらなかった。それでも、右手には、まだ握られていた感触だけが、確かに残っていた。
来年もまた、この道を歩こう。そう思いながら、わたしは電車を待った。手袋を忘れてきたことに、そのとき初めて気がついた。
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