⏱ 読了時間:約26分(約7,800字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:感動・泣ける
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作品について
「わたしたちの国には、天井があります」という一文から始まる、長い帰郷の物語です。語り手のミオは、幼なじみのナギとともに、四年を過ごした広い国を離れ、生まれた村へ続く坂をのぼっていきます。向かい風、白い壁、天井の向こうから伸びる黒い影。仲間を失いながら、ふたりは故郷の匂いだけを頼りに進みます。
この作品の特徴は、情景のほとんどを比喩で描いている点です。月の夜に燃える天井、雨の夜に歌う天井、晴れ着に染まっていく体。童話のような語り口の奥に、語り手たちが何者であるかという問いが静かに置かれており、最後の数行で物語の見え方が変わる構成になっています。
朗読の際は、です・ます調のやわらかさを生かした穏やかなトーンが合います。感情を強く乗せるよりも、景色をひとつずつ手渡すように、ゆったりと抑えた語りで読むと、終盤の余韻が深まります。
朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
全体は童話を読み聞かせるような、やわらかく落ち着いた声が基本です。冒頭の「わたしたちの国には、天井があります」は、秘密を打ち明けるように静かに、少し間を置いてから次へ進んでください。比喩の多い文は急がず、一枚の絵を見せるつもりで淡々と読みます。
② 緩急のつけ方
白い壁を跳ぶ場面と、黒い影に仲間がさらわれる場面は、やや速度を上げて緊張を作ります。反対に、雨の夜の年寄りとの会話や、寝床をこしらえる場面は、ぐっと速度を落とし、文末ごとに一拍の間を取ってください。
③ 感情表現のコツ
ナギが動かなくなる場面は、泣きを入れずに抑えた声で。「先に行くなんて、ずるいわ」は責める調子ではなく、囁くように、微笑みを含ませると効果的です。終盤の子どもと祖父の声は、語り手とはっきり色を変え、明るく乾いた響きで読み分けます。
④ ラストの処理
正体が明かされたあとは、声を張らずにさらに静かに。最後の二行は一語ずつ置くように読み、読み終えてから三秒ほど無音を残すと、余韻がきれいに残ります。
台本本文
わたしたちの国には、天井があります。
昼の天井は、溶かした硝子を幾千枚も重ねたように青く、そこへ日の光が落ちてくると、金いろの網がゆらゆらとほどけて、わたしたちの背中の上をすべっていきます。網は、つかまえようとすると逃げ、あきらめるとまた寄ってくる、気まぐれな子猫のような光でした。
夜の天井は、もっとふしぎです。月がのぼると、天井はいちめんに燃えるのです。熱くもなく、煙も立てず、ただ青白い炎が音もなくめらめらと揺れて、ちぎれて、またつながる。まるで、だれかが空の上で銀の反物を広げ、それに火をつけて、惜しげもなく振っているようでした。わたしは小さいころから、あの冷たい火事を見上げるのが好きでした。
「天井の向こうには、何があるんだろうね」
幼なじみのナギに、そうたずねたことがあります。ナギは、まるい目をしばらく上へ向けてから、こう言いました。
「向こうへ行ったひとは、だれも帰ってこないよ。だから、だれも知らないんだ」
それは、こわい話のはずでした。けれどナギの声は、日なたの石のようにあたたかく、わたしはちっともこわくなかったのを覚えています。
わたしたちが故郷を出たのは、まだほんの子どものころです。生まれた村は、長い長い坂のいちばん上にありました。そこから仲間たちと連れだって坂をくだり、塩からい風の吹く、果てのない青い野原へ出ていったのです。
坂をくだった日のことは、ぼんやりとしか覚えていません。わたしたちは柳の葉ほどの大きさで、何もかもがおそろしく、何もかもがおもしろかった。追い風に背中を押されて、笑いころげながら、ころころとくだっていったのです。帰り道がこれほど長いとは、だれも教えてくれませんでした。
広い国での暮らしは、四年つづきました。野原には、霧のように群れる小さな獲物がいて、わたしたちはそれを追いかけ、食べ、眠り、また追いかけました。体は日ごとに大きくなり、背中は鋼のように、腹は磨いた銀の匙のように光りました。嵐の夜には天井が砕けて、白い泡の雪がどこまでも降ってきました。凪の朝には、天井はぴんと張った絹になり、その上を雲の影が、大きな獣のようにゆっくり渡っていきました。夜になると、野原のあちこちで、目に見えないほど小さなものたちが青く光り、わたしたちが身をひるがえすたびに、星くずの裳裾を引きました。
あの国は、ゆたかでした。けれども、わたしの家ではありませんでした。
ある朝のことです。向かい風の中に、ひとすじ、なつかしい匂いが混じっていました。苔むした石の匂い。落ち葉がゆっくり溶けていく、甘い匂い。雪どけの冷たさをそのまま閉じこめた、細い糸のような匂い。それは、遠くでだれかがわたしの名前を呼んでいるのと、同じことでした。
「ミオ。きみも、かいだかい」
いつのまにか、ナギが隣にいました。四年のあいだに、ナギの背中は見ちがえるほど広くなっていました。
「かいだわ。帰るときが来たのね」
「ああ。帰ろう。ぼくらの坂へ」
故郷へ向かうと決めた日から、わたしたちは何も口にしません。それが、昔からのしきたりです。体にたくわえたものだけを薪にして、少しずつ自分を燃やしながら、坂をのぼっていくのです。
空腹は、はじめのうち、胸のなかで吠える犬でした。けれど十日もたつと、犬は静かになり、かわりに体のなかに、小さな澄んだ灯りがともりました。余分なものがぜんぶ燃えおちて、帰りたい、という気持ちだけが、芯のように残ったのです。
ふしぎなことに、旅がはじまると、みんなの姿が変わっていきました。銀いろだった衣に、夕焼けをこぼしたような紅と、濡れた土のような紫が、まだらに浮かんでくるのです。ナギの顔つきは、けわしく、たくましくなりました。
「晴れ着だよ」と、ナギは照れくさそうに言いました。「故郷へ帰るんだ。いちばんいい着物を着ていかなくちゃ」
「似合ってるわ。夕立のあとの山みたい」
「きみは、熟れた山ぶどうみたいだ」
わたしたちは笑いました。笑い声は小さな銀の粒になって、数珠のようにつながりながら、天井へのぼっていきました。
坂の入り口は、野原の青と、故郷の匂いとが、綱引きをしている場所でした。塩からい風と、甘い風とが、二枚の布のようにこすれあっているのです。そこで何日か体をならし、それからわたしたちは、いっせいにのぼりはじめました。何百、何千という仲間です。みんなが同じ方を向いて進むさまは、ひとつの大きな矢が、ゆっくりと山へ向かって放たれたようでした。
坂は、やさしくありませんでした。
向かい風は、進むほどに強くなりました。風は透きとおった手をいくつも持っていて、わたしたちの肩を押し、胸を押し、「帰れ、帰れ」とささやくのです。底に敷きつめられた石は、眠っている牛の背中のようにまるく、そのあいだを風がごうごうと鳴りながら駆けおりてきます。
三日目に、白い壁にぶつかりました。
それは、天井が折れて落ちてくる場所でした。上の段から下の段へ、幾万の白い馬が、たてがみを振りみだして駆けおりてくるのです。とどろきは、雷を樽につめて転がしたようで、体の芯までびりびりとふるえました。
「跳ぶしかない」と、ナギが言いました。
「跳べるかしら」
「跳べるさ。ぼくらの親も、その親も、ここを跳んだんだ。体が覚えてる」
ナギは、うしろへ少し下がり、身をぎゅっと弓のようにしぼって、それから、放たれました。紅と紫の晴れ着が、白い馬たちの上にひらめいて、一瞬、天井の向こうへ消えました。わたしは息を止めました。向こうへ行ったひとは、だれも帰ってこない。けれどナギは、すぐに上の段へ落ちてきて、ふり返って叫びました。
「ミオ! 向こうは、まぶしいぞ! それから、ひどく軽い!」
わたしも跳びました。一度目は、白い馬に蹴り落とされました。二度目は、石に脇腹を打ちつけて、晴れ着が裂けました。三度目、わたしの体は、天井を破りました。
そこは、音のない国でした。いいえ、音はあったのです。けれどそれは、わたしの知っているどの音ともちがう、乾いた、うすい音でした。光は刃物のようにまっすぐで、体はうそのように軽く、そして息が、できませんでした。ほんの、まばたきひとつのあいだ。金いろの木々と、どこまでも抜けていく高い高い青を、わたしは見ました。天井の上にも、もうひとつ、天井があったのです。
落ちて、上の段でナギに並んだとき、わたしはふるえていました。
「見たかい」
「見たわ。……きれいだった。きれいで、こわかった」
壁を越えた先には、深い広間がありました。風はそこでだけ足をゆるめ、大きな輪をかいて、ゆっくり休んでいます。底には、沈んだ大木が、古いお寺の柱のように横たわっていました。わたしたちは、その陰で体を休めました。
その晩は、雨でした。雨の夜の天井は、燃えるかわりに、歌います。幾千もの小さな輪が生まれては消え、生まれては消え、天井いちめんが、銀の小太鼓を打ちならす楽隊になるのです。とん、とん、たたん。輪と輪がぶつかると、そこにまた小さな輪ができて、広間じゅうが、ふるえるレースの編みもののように見えました。
柱の陰には、先客がいました。片方の目が白くにごった、傷だらけの年寄りです。晴れ着はとうに色あせて、古い旗のようでした。
「若いの。上まで行くのかね」
「はい。いちばん上の、冷たい息の湧くところまで」
「そうかい。わしはもう、ここまでだ」年寄りは、雨の楽隊を見上げたまま言いました。「だがな、悔いはないよ。ここまで来る道で、天井が燃えるのを四十も見た。歌うのを二十も聞いた。あんな見事なものを、ただで見せてもらったんだ。じゅうぶんな旅さ」
「おじいさんは、天井の向こうがこわくないの」
「こわいとも。こわいが、な」年寄りの白い目が、ふっとやわらぎました。「雨は、向こうから来るんだよ、お嬢さん。月の火も、向こうから来る。あんなにきれいなものをよこす国が、そう悪いところのはずはなかろう」
翌朝、年寄りの姿は、もうありませんでした。柱の陰に、色あせた旗のきれはしが一枚、風にゆれているきりでした。
坂の途中には、黒い虹もありました。天井の上を、端から端まで、石のように硬い影がまたいでいるのです。その上を、ときおり、雷を箱につめたようなものが、ごろごろと渡っていきます。そのたびに天井はこまかくふるえ、底の砂が、おびえた小鳥の群れのようにぱっと飛びたちました。夜になると、黒い虹の背中には、橙いろの星がいくつも等しい間をおいて並び、流れもせず、またたきもせず、じっとわたしたちを見おろしていました。
「星まで、行儀よく並んでいるのね」
「向こうの国のひとは、きっと、きちょうめんなんだ」
坂をのぼるうちに、仲間はだんだん減っていきました。
ある浅い曲がり角には、黒い大きな影が立っていました。影は、天井の向こうから、太い柱のような腕を、稲妻の速さで突きさしてくるのです。すぐ前を進んでいた年かさの姉さんが、あっというまにつかまれ、天井の向こうへ引きあげられていきました。姉さんの晴れ着の紅が、天井に一瞬、椿の花のように咲いて、それきりでした。
また別の場所では、天井から、蜘蛛の巣を何百倍にもしたような糸の壁がおりてきて、いちどに何十という仲間をさらっていきました。
「どうして、わたしたちばかり」
その夜、わたしは岩かげでナギに言いました。体じゅうが痛み、晴れ着はあちこちほつれて、白い糸くずのように垂れていました。
ナギは、すぐには答えませんでした。ちょうど月がのぼって、天井が燃えはじめたところでした。青白い炎は、風に梳かれて細くのび、わたしたちの傷だらけの背中に、やさしい縞もようを落としていました。
「ミオ。ぼくは思うんだ。連れていかれたみんなは、消えたんじゃない」
「じゃあ、どうなったの」
「わからない。でも、向こうの国にも、きっと腹をすかせただれかがいる。その子どもがいる。ぼくらが、あの野原で小さな獲物を食べて大きくなったように、こんどはぼくらが、だれかを大きくするんだ。そうやって、坂の上と下と、天井のこちらと向こうは、ひとつの輪になってつながっている。そんな気がする」
「むずかしいことを言うのね」
「腹がへってるから、頭がさえるんだよ」
ナギは笑いました。けれどその笑い顔は、最初のころよりずっと痩せて、あごは鉤のように曲がり、目のまわりには古い銅貨のような色がにじんでいました。わたしは、自分もきっと同じ顔をしているのだろうと思いました。
それから、いくつの夜を越えたでしょう。
坂はしだいに細くなり、浅くなり、天井は、背中がこすれるほど低くなりました。底の石は小さく、まるく、ひとつひとつが卵のようにすべすべしています。岸べから垂れた木の根が、老人の指のようにわたしたちをなでました。散った葉が、赤や黄の小舟になって、頭の上をつぎつぎに渡っていきます。その影が、底の石の上を、小さな手紙のようにすべっていきました。
そして、ある朝。
匂いが、ぴたりと重なったのです。四年のあいだ、胸の奥にしまっていた匂いと、いま鼻の先にある匂いとが、割り符のように、すきまなく合わさりました。
「ここだ」ナギの声が、ふるえていました。「ミオ、ここだよ。ぼくらが生まれた場所だ」
そこは、なんでもない、静かな浅い場所でした。底から、冷たく澄んだ息が、こんこんとのぼってきます。小石のあいだに光がたまって、蜂蜜のようにとろりと揺れていました。なんでもない場所。けれど、世界じゅうのどこにも、ここと同じ場所はありませんでした。
「ただいま」と、わたしは言いました。だれに言ったのか、自分でもわかりません。石にか、光にか、遠い日にここでわたしを産んで、わたしの顔も見ずに逝った母にか。
わたしは、寝床をこしらえはじめました。
体を横にたおし、力いっぱい底を打つのです。小石がはねあがり、砂が煙のように舞い、それを風が運びさっていきます。何度も、何度も。晴れ着の裾はすりきれて、骨が白くのぞきました。痛みは、もう遠い国の話のようでした。
まわりでも、仲間たちがそれぞれの寝床をこしらえていました。あちらでも、こちらでも、砂の煙があがり、紅と紫の晴れ着がひるがえります。それは、村じゅうがいっせいに祝言をあげているような、にぎやかで、そしてどこかさびしい眺めでした。だれもが、これが最後の仕事だと知っていたからです。
ナギは、そばを離れませんでした。ほかの男たちが近づくと、あの痩せた体のどこにそんな力が残っていたのかと思うほどのはげしさで、追いはらいました。
「いい寝床だ」
「そう? すこし浅くないかしら」
「いや、ちょうどいい。冷たい息が、下からちゃんと通ってる。子どもたちは、よく眠れるよ」
寝床ができあがった夕方、わたしたちは並んで、そこに身を沈めました。わたしは、体のなかにずっと抱えてきたものを、ぜんぶ、そこへおろしました。夕日を小さくまるめたような、透きとおった橙いろの珠。何千という珠が、小石のくぼみに、灯りをともすようにおさまっていきます。ナギがその上に、白い霞をかけました。それは、朝の谷にたなびく霧に、そっくりでした。
それからわたしは、残った力をふりしぼって、珠の上に小石の布団をかけました。ていねいに、ていねいに。寒くないように。だれにも見つからないように。
「ねえ、ナギ。この子たちの顔を、わたしたちは見られないのね」
「ああ。見られない」
「この子たちも、わたしたちの顔を知らないまま、大きくなるのね」
「ああ。でも、匂いは覚える。ここの石の匂い、落ち葉の匂い。それがぼくらの顔だよ、ミオ。四年たったら、この子たちは、その匂いをたどって帰ってくる。ぼくらに会いに、帰ってくるんだ」
わたしは、うなずきました。うなずいたつもりでしたが、体はもう、あまり言うことをききませんでした。
その夜の月は、見たこともないほど大きな月でした。
天井は、はしからはしまで燃えていました。青白い炎は、ゆっくりと渦をまき、ほどけ、金の粉をこぼし、まるで天上の祭りの松明を、だれかがさかさまに映しているようでした。散った葉の影が、その火事のなかを、黒い鳥のように横ぎっていきます。
ナギは、わたしの隣で、もう動かなくなっていました。目はひらいたまま、天井の火を映しています。その目のなかで、小さな月が、ふたつ、静かに燃えていました。
「先に行くなんて、ずるいわ」
返事はありません。風がナギの体をそっと押して、ゆっくり、ゆっくり、坂の下のほうへ運んでいきました。紅と紫の晴れ着が、月の炎のなかで、最後にいちど、ひるがえりました。
わたしは、寝床のそばを離れませんでした。離れる力が残っていなかった、というのが本当かもしれません。小石の布団の下で、何千という橙いろの灯りが、すうすうと寝息をたてているのが、わかりました。それだけで、じゅうぶんでした。
朝が来ました。霜のおりた朝でした。岸べの草は、砂糖をまぶした菓子のように白く、天井には、うすい硝子の花びらが、いくつも浮かんでいました。
体が、浮きはじめました。あんなに重かった体が、枯れ葉のように軽いのです。天井が、ゆっくり近づいてきます。金いろの網が、わたしを迎えるようにひろがります。
向こうへ行ったひとは、だれも帰ってこない。
でも、もうこわくはありませんでした。わたしは、天井を、そっと破りました。
まぶしい、乾いた、うすい音の国。高い高い、もうひとつの青い天井。金いろの木々。そして、岸べの草の上に、ふたつの影が立っていました。大きな影と、小さな影。二本の足で立つ、ふしぎな姿のひとたちです。
小さな影が、わたしを指さして、鈴をころがすような声で言いました。
「おじいちゃん、見て。鮭だよ。鮭が、死んでる」
大きな影が、しずかに腰をかがめました。
「ああ。海から、帰ってきたんだなあ。何百キロも川をのぼって、卵を産んで、ぜんぶ使いはたして。……えらかったなあ」
「かわいそう」
「かわいそうじゃないさ。この体はな、きつねが食べて、鳥が食べて、残りは土になって、森の木を育てる。その森が、また川を育てる。春になったら、この石の下から、ちいさいのがいっぱい出てくるぞ」
サケ。カワ。ウミ。
わたしは、はじめて聞くその音を、消えかかる胸のなかで、そっところがしてみました。そうですか。わたしは、そういう名前だったのですか。わたしたちの坂は、わたしたちの野原は、そういう名前だったのですか。
わるくない名前だと、思いました。
小さな影が、草の上にしゃがんで、両手を合わせました。あたたかい、やわらかそうな、五つに分かれた手でした。
ナギ。あなたの言ったとおりでした。天井の向こうにも、子どもがいました。
川は、きょうも坂をくだっていきます。小石の布団の下で、橙いろの灯りが、ひとつ、またひとつ、目をさます春まで。
今夜も月がのぼれば、あの天井は、きっと燃えるでしょう。
熱くもなく、煙も立てず。ただ、青白く、めらめらと。
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