📖 この台本について
⏱ 読了時間:約15分(約2700字)
👤 登場人物:男性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ファンタジー・異世界
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
この作品は、世界の隅にひっそりと店を構える「砂時計売り」の物語です。彼の店に並ぶ砂時計には、それぞれ誰かの「残された時間」が封じられています。客が一つを選び、砂が落ちきると、その者に約束された時が満ちる——そんな静かな掟のもとで、男は長いあいだ店番を続けてきました。ある夕暮れ、店の鈴を鳴らして入ってきたのは、彼にとって特別な意味を持つ、最後の客でした。
この作品の読みどころは、「時間を売る者」が、自分自身の砂時計と向き合う瞬間に訪れる静かな転回にあります。砂が落ちる音だけが満ちる店内で、売り手と客の境界がゆっくりと溶けていく構成になっています。語りの中に少しずつ差し挟まれる過去の断片を、聴き手がどう拾い上げていくかが味わいどころです。
朗読する際は、砂の落ちる速度に呼吸を合わせるような、ゆったりとした低めの落ち着いたトーンを基調にしてください。感情を声高に語るのではなく、長い時間を見つめてきた者の静謐さを保ちながら、ラストに向けてほんのわずかに温度を上げていくのがおすすめです。
▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
主人公は長い時間を店番として過ごしてきた砂時計売りです。声はやや低く、急がず、砂が一粒ずつ落ちるような間合いを意識してください。冒頭の「いらっしゃい。ずいぶん、長く待っていたよ」は、淡々と、しかし内側に確かな感情を秘めて読むと、客との関係性が一気に立ち上がります。
② 緩急のつけ方
店内の描写は穏やかに流し、客が砂時計を手に取る場面では一拍、間を取ってください。「これは、あなたのものだったはずの時間です」というセリフの前で声を落とし、ほんの少し沈黙を置くと、物語の核心が静かに浮かび上がります。
③ 感情表現のコツ
クライマックスで売り手と客の関係が明かされる場面では、声を張り上げず、囁くように抑えてください。抑えた声のほうが、長い年月の重みと哀しみが伝わります。涙を含ませるより、こらえる息づかいを意識すると効果的です。
④ ラストの処理
最後の一文は、砂が落ちきった後の静けさをそのまま声にするように、ゆっくりと、消え入るように締めてください。読み終えたあと、しばらく余韻が残るよう、最後の「また、めぐっておいで」は息だけを残すように置くのがおすすめです。
台本本文
世界の端に、小さな店がある。看板はなく、扉には古びた鈴がひとつ。それでも、その時が来た者には、なぜか見つけられる。わたしは、ここで砂時計を売っている。
棚には、数えきれないほどの砂時計が並んでいる。大きいもの、手のひらに収まるほど小さなもの。砂の色も、金、銀、灰、紅、さまざまだ。どれもみな、誰かの「残された時間」を封じたものだ。客がひとつを選び、砂が落ちきれば、その者に約束された時が満ちる。それが、この店のたったひとつの掟だ。
わたしは、いつからここにいるのか覚えていない。気づいたときには、もう店番をしていた。客が来ては、砂時計を選び、去っていく。砂が落ちるのを、ただ見届ける。それだけの、長い長い日々だった。
その夕暮れ、扉の鈴が鳴った。
入ってきたのは、年老いた女だった。背を丸め、杖をつき、ゆっくりと店の中を見回している。わたしは、いつものように声をかけた。
「いらっしゃい。ずいぶん、長く待っていたよ」
女は、少し驚いたように顔を上げた。それから、棚に並ぶ砂時計を、ひとつひとつ、いとおしむように眺めていった。
「きれいなお店ねえ。こんなにたくさんの砂時計、初めて見たわ」
「ここにあるものは、みな、誰かの時間だ。あなたにも、ひとつ、あなたのものがある」
女は、ゆっくりと棚のあいだを歩いた。やがて、いちばん奥の、小さな砂時計の前で足を止めた。砂の色は、夕焼けのような淡い紅色をしていた。
「これ……なんだか、懐かしい色」
わたしは、その砂時計を手に取った。掌の上で、それは羽のように軽かった。
「それは、あなたのものだったはずの時間です」
女は、不思議そうにわたしを見た。
「わたしのもの? でも、わたし、こんなお店に来たのは初めてよ」
「ええ。あなたは、来たことはない。けれど、わたしは、あなたを知っている」
店の中に、砂の落ちる音だけが満ちていた。さらさらと、絶え間なく、どこかで時間がこぼれていく音。わたしは、紅色の砂時計を、そっと女の手のひらに乗せた。
「ずっと昔、ひとりの男がいました。貧しくて、何も持っていなくて、けれど、ひとりの娘を、心から想っていた。男は、娘に長く生きてほしいと願いました。自分の時間を、娘に分けてやりたいと」
女の手が、わずかに震えた。
「男は、この店に来ました。そして、自分の砂時計を差し出して、言ったのです。『どうか、わたしの残りの時間を、あの娘に』と」
「……それで、その男の人は、どうなったの」
「店主は、願いを聞き入れました。男の砂時計から砂を移し、娘の砂時計に注いだ。そして男は——時間を失った代わりに、この店に残ることになりました。次の店主として」
女は、はっと息をのんだ。皺の刻まれた目もとに、ゆっくりと涙が滲んでいった。
「あなた……まさか」
わたしは、静かにうなずいた。長いあいだ、口にすることのなかった名前を、ようやく呼んだ。
「ずいぶん、長生きしてくれましたね。約束どおりに」
女は、紅色の砂時計を、両手で包み込んだ。落ちきっていた砂が、彼女の手のぬくもりで、また上から下へと、さらさらと流れはじめた。
「わたし、ずっと不思議だったの。どうして自分が、こんなに長く生きられたのか。病気もせず、苦労もあったけれど、いつも、誰かに守られているような気がして」
「あなたは、よく生きた。それで、十分です」
砂が、最後の一粒まで、静かに落ちていった。女の姿が、夕暮れの光の中で、少しずつ、やわらかくほどけていく。彼女は、最後に、若かったころの笑顔で、わたしを見た。
「ありがとう。今度は、わたしが待っているわ。あなたの時間が、めぐってくるのを」
そう言って、女は、紅色の光になって、消えた。
店の中は、また、静けさに戻った。わたしは、空になった砂時計を、棚のいちばん奥に、そっと戻した。いつか、わたしの番が来る日まで。
扉の鈴が、風もないのに、ちりん、と鳴った。わたしは、誰もいない店内に向かって、小さくつぶやいた。
「また、めぐっておいで」
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