📖 この台本について
⏱ 読了時間:約15分(4,530字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:日常・しみじみ系
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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十月の終わりごろ、スーパーの総菜コーナーで、肉じゃがを手に取った。
プラスチックのふたの向こうに、じゃがいもと玉ねぎと、すこし崩れた牛肉が見えた。三百八十円。特売シールが斜めに貼ってある。
買う理由なんてなかった。今日の夕飯はもう決めていたし、一人分にはちょっと多い。それでも気づいたらかごに入れていた。
家に帰って、コートも脱がないままレンジに入れて、チンという音を待ちながら思った。
「あ、お母さんの肉じゃがって、こんな匂いだったな」
湯気が立ちのぼって、甘辛い匂いがキッチンに広がった。同じじゃない。でも、似ていた。なんだかそれだけで、すこし泣きそうになった。
わたしは今年、二十七歳になった。
実家を出てから五年が経つ。大学進学のために上京して、そのまま就職して、今は会社の近くの1LDKに住んでいる。部屋は広くもなく狭くもない。窓の外には隣のビルの壁が見えて、朝は少しだけ日が当たる。駅から歩いて七分で、コンビニが二軒、スーパーが一軒。生活するには不自由がない場所だ。
最初の頃は、毎週末に実家に電話していた。お母さんの声を聞くと安心して、それだけで乗り越えられた気がした。でも今は、月に一度あるかどうか。お互い、それが普通になってしまった。
上京した最初の春、わたしは何もかもが不安だった。
電車の乗り方もわからなかったし、スーパーのレジが全部セルフだったことにも面食らった。部屋に鍵をかけて外に出るたびに、「ちゃんと閉まってるかな」と三回確認した。夜になると、知らない街の夜の音がうるさくて、逆に心細かった。
あのときも、電話をすると「早く慣れるよ」とお母さんは言った。わたしはそれを信じて、信じながら眠った。実際、三ヶ月もすれば慣れた。でも慣れることと、寂しくなくなることは、少し違うのかもしれない。
肉じゃがをひとくち食べた。
「ちょっとしょっぱいな」
お母さんのは、もっとやさしい味だった気がする。砂糖が多めで、甘みが先にくる感じ。最初は子供っぽいと思っていたのに、今となっては、あの甘さが恋しくてたまらない。
子供のころ、食卓というのは毎日あるのが当たり前だった。
お父さんが帰ってくるのは七時ごろで、それまでにお母さんがごはんを作っておく。わたしは宿題を終わらせてテレビを見て、玄関のドアが開く音を聞いたら、「おかえり」と言いに行く。それだけのことが、毎日繰り返されていた。
お父さんはスーツのジャケットを脱いで、ソファに置いて、洗面所で手を洗う。その音が聞こえると、もうすぐ夕ごはんだと体が知っていた。お母さんが「ごはんできてるよ」と声をかけて、四人分の椅子が引かれる音がする。わたしはその音が好きだった。気づいていなかったけど、好きだったのだと思う。
「今日、学校どうだった?」
お父さんはいつもそう聞いた。わたしはいつも「別に、普通」と答えた。今考えると、もう少し話せばよかったと思う。でもあの頃は、それが照れくさかった。親に学校の話をするなんて、なんとなく子供っぽい感じがして。
弟の健太は逆で、学校で起きたことを全部しゃべる子だった。給食の話、休み時間の話、先生に怒られた話。お母さんはいちいち「あらあら」とか「そうなの」とか相槌を打って、お父さんは笑いながらごはんを食べていた。
わたしはその輪の外側に座っているような気がしていた。好きでそうしていたはずなのに、今になってすこし後悔している。
健太は三つ下で、わたしとは性格が全然違う。わたしが黙って本を読んでいるのが好きな子供だったのに対して、健太はとにかくよく動いて、よく喋った。夕ごはんの時間は大体、健太の独演会だった。
でも今思うと、その賑やかさがあったから食卓は食卓だったのかもしれない。わたしが静かでも、健太が埋めてくれた。お父さんが聞いて、お母さんが受けた。わたしはその場にいながら、少し遠くから眺めていた。
健太は今、地元で働いている。実家から車で二十分のところに住んでいて、週末には親の家に顔を出しているらしい。先月、お母さんから「健太がおいしいケーキ買ってきてくれた」とLINEが来た。スタンプだけで返した。
悔しいとかじゃない。ただ、なんとなく。
健太はたぶん、地元に残ることへの迷いがなかった。わたしは逆に、出ることに迷いがなかった。どちらが正しいとかじゃない。でも、あの食卓の近くにいる人間と、遠ざかった人間とで、何かが変わっていくのは確かだと思う。
肉じゃがを食べ終えて、ごはんを一膳よそった。一人分に炊いた米は、いつも少し余る。タッパーに入れて冷蔵庫に入れて、明日の朝もレンジで温めて食べる。それがわたしの日常だ。
悪くはない。本当に、悪くはないと思っている。
好きな時間に食べて、好きなものを作って、テレビもつけなくていい。誰かに気を遣わなくていい。一人でいることは、思っていたよりずっと楽だった。
だけど、食卓だけは、どうしても一人用にならない気がする。
スーパーで二人分の惣菜を買いそうになる。鍋を作ろうとすると、一人じゃ多いからと諦める。誰かと一緒に食べる、という行為が染み付いていて、抜けない。
一人で鍋をやったことが一度だけある。一人用の小さい鍋を買って、ひとりぶんの白菜と豆腐を入れて。食べながら、なんとなくスマホを見ていた。おいしかったけど、途中から急に虚しくなって、早々に片付けた。それ以来、鍋は作っていない。
一度、付き合っていた人と同棲したことがある。二十四歳のときで、半年くらい一緒に住んだ。
彼はきちんと料理をする人で、朝ごはんも夜ごはんも作ってくれた。わたしは帰りが遅かったから、食卓にはいつもラップのかかった皿が置いてあって、「温めて食べてね」とメモが添えてあった。
幸せだったと思う。ちゃんと幸せだった。
休日の朝は二人でゆっくり食べた。彼がスクランブルエッグを作って、わたしがトーストを焼いた。コーヒーを淹れながら、他愛ない話をした。今日どこ行く、とか、この前見た映画よかったね、とか。特別なことは何もなかった。でも、その朝ごはんの時間が、わたしはたぶん好きだった。
でも別れた。理由を一言で言うのは難しいけど、たぶん、わたしがうまく甘えられなかったんだと思う。何かしてもらうたびに申し訳なくなって、ありがとうが素直に言えなくて、だんだんすれ違っていった。
彼は悪い人じゃなかった。むしろ、いい人だった。だから余計に、自分がうまくできないことが情けなかった。「もっと頼ってよ」と言われるたびに、どう頼ればいいかわからなくて、また黙った。
別れた夜、一人で牛丼を食べながら、「あ、これが本来のわたしだな」と思った。
かなしかったけど、どこかほっとしてもいた。そのほっとした感覚が、自分でもよくわからなかった。
食器を洗いながら、窓の外を見た。
隣のビルの窓に、黄色い光が灯っている。シルエットが動いている。家族なのか、友人なのか、恋人なのか、それとも一人なのか、わからない。ただ、誰かがそこにいる。
今日会社でちょっといやなことがあった。
先輩から頼まれた資料を作ったら、「こういう意図じゃなかったんだよね」とため息をつかれた。間違ってはいなかったと思う。でも、言い返せなかった。自分のやり方が合っているのかどうか、最近わからなくなってきた。
仕事というのは、やればやるほど、正解がよくわからなくなる。新卒の頃は、指示通りにやればよかった。でも五年目になると、「自分で考えて動く」ことを求められる。それが正しいと思ってやると、「違う」と言われる。じゃあどうすればよかったのか、その答えは誰も教えてくれない。
「わたし、ちゃんとやれてるのかな」
誰かに聞きたかった。でも誰に聞けばいいかわからなくて、結局自分の部屋で一人でつぶやいた。
こういうとき、実家の食卓だったら、黙って座っているだけでよかった。お父さんもお母さんも、詳しいことは聞かない。ただ、ごはんが並んでいて、箸を持って、当たり前に「いただきます」と言えた。
何も解決しなくても、その場に座っていれば、なんとなく呼吸ができた。あの場所は、そういうところだった。
その「当たり前」が、どれだけ贅沢なことだったか。
離れてからずっと、じわじわとわかってきた。
そういえば、去年の正月に実家に帰ったとき、お母さんが「おせちはもう作らなくなったのよ」と言っていた。昔は毎年、大晦日の夜中まで台所に立って、黒豆やら田作りやらを手作りしていた。わたしも弟もその場にいたのに、手伝ったことは一度もなかった。
「作ってもあんたたちいないじゃない。二人分なんて張り合いないわよ」
お母さんは笑いながら言っていた。軽い口調だったけど、わたしは何も言えなかった。
あの台所で、お母さんは毎年何時間もかけておせちを作っていた。わたしはそれを当然のことだと思っていた。子供の頃、大晦日の夜に重箱が出てくると、なんとなくわくわくした。でも、誰が作ったかは、あまり考えなかった。
今年の正月は、何を食べたんだろう。聞けばよかった。
お父さんは最近、血圧の薬を飲んでいるらしい。健康診断で引っかかったと、さらっとLINEに書いてあった。大事じゃないとは思うけど、なんとなく、次に帰ったとき顔を見なければと思っている。
お父さんは昔から、自分の体のことを大げさに言わない人だった。「たいしたことない」が口癖で、熱があっても会社に行った。だから逆に、LINEでさらっと書いてきたことが、少し引っかかった。
次に帰るのはいつだろう。
年末は仕事が忙しいし、GWは混むし、夏は暑いし、と言い訳を重ねて、去年は結局一回しか帰らなかった。両親はもう六十代だ。元気でいてくれている、と思っている。でも、それは「思っている」だけで、確かめてはいない。
確かめなくていい間は、確かめない。それがわたしの悪いところだと思う。大事なことほど、見ないふりをしてしまう。
タッパーをしまって、電気を消して、ソファに座った。
スマートフォンを開くと、お母さんからLINEが来ていた。
「今日、肉じゃが作ったよ。あんたの好きなやつ」
それだけだった。写真もない。スタンプもない。ただ一文。
なんで今日。なんで同じ日に。
偶然なのはわかっている。でも、そういう偶然が起きてしまうのが、親子というものなのかもしれない。同じ血が流れているとか、そういう大げさなことじゃなくて。ただ、同じ季節に、同じものを食べたくなる。それだけのことが、なんだか少し、不思議でやさしい気がした。
返信を打とうとして、何度か消した。
「わたしも今日、肉じゃが食べたよ」では、なんか変な感じがする。「おいしそう」では軽すぎる。「今度帰る」と書いたら、嘘になるかもしれない。
しばらく考えて、結局こう打った。
「食べたかった」
送信ボタンを押してから、こんなLINEを送ったのは初めてかもしれないと思った。素直に、ただ食べたかったと書いた。
三分もしないうちに、既読がついた。
そしてひとつのスタンプが届いた。うさぎがにっこり笑っているやつ。お母さんはいつもこのスタンプを使う。最初は「なんでいつもこれなの」と思っていたけど、今はそれを見るとすこし安心する。お母さんがそこにいる、という感じがする。
それだけだった。それだけだったけど、なんだかすこし、肩の力が抜けた。
食卓は、もうあの頃には戻らない。
四人で囲んで、健太が喋って、お父さんが笑って、お母さんが「もっと食べなさい」と言う。あの食卓は、もう二度と再現されない。全員が同じ場所にいた時間は、あの家の中にしか残っていない。
でも、それでいいのかもしれない。
わたしはここで生きていて、今日も肉じゃがを食べた。お母さんも今日、肉じゃがを作った。離れていても、おなじものを食べていた。それは、なにかひとつながりのものが、まだちゃんとあるということだと思う。
場所が違っても、食べるものが繋いでいる。時間が違っても、同じ匂いが呼び起こす。それはきっと、食卓がなくなっても続いていくものなのだと思う。
電気を消した部屋で、少しだけ目を閉じた。
甘辛い匂いが、まだ部屋のどこかに残っている気がした。
今度帰ったら、肉じゃがを作ってもらおう。そして今度こそ、レシピを聞いておこう。砂糖はどのくらい入れるの、と聞いたら、お母さんはきっと「目分量よ」と言う。そういうところが、お母さんらしい。
教えてもらえるうちに、ちゃんと覚えておこう。
いつかわたしも、誰かのために作る日が来るかもしれないから。うまく甘えられなくても、うまく言葉にできなくても、ごはんを作ることならできるかもしれない。テーブルに置いて、「温めて食べてね」と言えるくらいには。
あの食卓の味を、次の食卓へ。
それだけでいい。それだけで、きっと十分だ。

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