放課後の図書室は、世界でいちばん静かな場所だと思う。
窓から差し込む西日が、机の木目をオレンジ色に染めていた。私はいつもの席に座って、借りたばかりの本を開く。隣の席には、誰もいない。でも、机の上に一冊の文庫本が置き忘れられていた。
見覚えのあるカバー。隣の席の彼が、いつも読んでいる本だ。
「……届けた方がいいよね」
私は手を伸ばして、そっとその本を引き寄せた。その瞬間、ページの間から、ひらりと一枚の紙片が落ちる。
しおりだった。押し花の、小さな、手作りのしおり。よく見ると、裏側に細い文字で何かが書いてある。
「えっと……『三章のあの場面、君はどう思った?』」
声に出して読んでから、私は首をかしげた。誰に向けた言葉なんだろう。ページをめくってみると、三章にだけ、鉛筆でうっすらと線が引かれている箇所があった。ちょうど、私が先週、同じ本を読んで一番好きだと思った場面。
心臓が、ことり、と音を立てた。
もしかして、これは。
ううん、きっと気のせい。偶然。そう思いながらも、私は鞄から小さなメモ用紙を取り出して、鉛筆を握った。
「あの場面、私も好きです。何度読んでも、泣きそうになる」
書き終えて、しおりと一緒に、そっと三章のページに挟む。本を元の位置に戻して、私は何食わぬ顔で自分の本に目を落とした。
でも、文字はちっとも頭に入ってこない。
窓の外で、鳥が一羽、夕空を横切っていく。図書室の時計の秒針が、やけに大きく聞こえた。
明日、彼はこのしおりを見つけるだろうか。メモに気づいて、どんな顔をするだろうか。
想像するだけで、頬が熱くなる。
西日が少しずつ濃くなって、机の上の本を、やわらかく照らしていた。その光の中で、押し花のしおりが、まるで内緒話みたいに、ちいさく微笑んでいる気がした。
――明日が、いつもよりほんの少し、楽しみになった。


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