📖 この台本について
⏱ 読了時間:約15分(4500字)
👤 登場人物:男性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ファンタジー
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
世界の終わりに取り残された、たったひとつの図書館。そこで最後の司書として働く青年が、もう誰も訪れないはずの閲覧室で一冊の白紙の本と出会います。ページをめくるたびに浮かび上がる文字、それは失われた星々の記憶でした。静謐で幻想的な世界のなかで、「記録する」という行為の意味を問いかける物語です。
本作の特徴は、壮大な世界観を一人の語り手の日常的な視点から描いている点にあります。滅びゆく世界という大きな舞台装置を用いながらも、物語の核にあるのは本の手触りやインクの匂い、窓から差す最後の光といった繊細な描写です。派手な冒険譚ではなく、静かに積み重なる独白のなかにファンタジーの醍醐味が凝縮されています。
朗読の際は、落ち着いた低めのトーンを基調に、語り手の穏やかな諦念と微かな希望を声に乗せる方向性がおすすめです。叫びや激しい感情の起伏は少ないぶん、一語一語に重みを持たせる丁寧な語りが作品の世界観を最も引き立てます。
① 語りのトーン 全体を通して、静かな図書館の空気を壊さないような落ち着いたトーンで読み進めてください。冒頭の「世界が終わると知ったのは、返却期限の過ぎた本を棚に戻しているときだった」は、淡々と、しかしどこか不思議な重みを感じさせるように。大げさな驚きではなく、日常のなかに非日常が溶け込んでいるような声を意識すると、作品全体の空気が定まります。 ② 緩急のつけ方 前半の図書館の日常描写はゆったりとした間を取りながら読み、白紙の本を発見する場面「すべてのページが、白かった」で一拍長めの間を置いてください。中盤、星の記憶が文字として浮かび上がる場面では、少しずつテンポを上げ、語り手の高揚を声の速度で表現します。終盤に向けて再びゆっくりと落としていく構成です。 ③ 感情表現のコツ 語り手は世界の終わりを受け入れつつも、記録という行為に静かな使命感を抱いています。「誰かが読んでくれるかもしれない。誰も読まないかもしれない。それでも、書く」のセリフでは、諦めと希望が同居する複雑な感情を、声を張らず、しかし芯のある声で表現してみてください。囁きに近い音量でも、言葉の輪郭をはっきり保つことがポイントです。 ④ ラストの処理 最後の一文は、読み終えたあとに三秒ほどの沈黙を残すつもりで、ゆっくりと、消え入るように読んでください。物語の余韻がそのまま静寂に溶けていくような終わり方を意識すると、聴き手の心に長く残ります。▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
── 台本本文 ──
世界が終わると知ったのは、返却期限の過ぎた本を棚に戻しているときだった。
窓の外で空が割れた。比喩ではない。本当に、陶器のように白い亀裂が走ったのだ。僕は脚立の上でそれを見て、手にしていた本を取り落としそうになった。けれど落とさなかった。図書館司書としての習性が、指先に染みついていたから。
それから三日が経った。空の亀裂は少しずつ広がり、そこから淡い光が漏れている。町の人々はとうに避難したらしい。どこへ避難したのかは分からない。世界の終わりに「どこか安全な場所」などあるのだろうか。僕にはよく分からなかったし、考えても仕方のないことだと思った。
僕がここに残ったのは、逃げ遅れたからではない。ここが、僕の場所だからだ。
この図書館は小さい。二階建ての石造りで、壁は蔦に覆われ、屋根には苔が生えている。蔵書はおよそ一万二千冊。町の人口に比べれば多すぎるくらいだが、僕にとってはどれも必要な一冊だった。児童書の棚には子どもたちの指の跡が残っているし、歴史書の背表紙は老人たちの手の油で少しだけ色が変わっている。本は読まれた記憶を静かに蓄えている。それを守るのが、司書の仕事だ。
四日目の朝、僕はいつものように図書館の鍵を開けた。誰も来ないと分かっていても、開館時間は守る。それが決まりだから。カウンターの椅子に座り、返却棚を確認する。当然、何も置かれていない。貸出カードの束をめくると、最後の記録は十一日前。ハンナさんが借りていった植物図鑑。あれはもう返ってこないだろう。
午前中は書架の整理をして過ごした。背表紙の日焼けが気になる棚があったので、配置を変えた。誰のためでもない作業だったが、手を動かしていると気が紛れた。昼食は司書室の小さな机で、保存食のパンをかじった。窓から見える空の亀裂は、もう町の端から端までつながっていた。
午後、僕は地下書庫に降りた。ここには古い文献や、傷みのひどい本が保管されている。湿度管理のために毎日確認するのが日課だった。石の階段を降り、薄暗い通路を進む。ランタンの灯りが棚のあいだに長い影を落とす。
そのとき、見慣れないものが目に入った。
棚の最奥、壁際に一冊の本が立てかけてあった。僕はこの書庫の蔵書をすべて把握している。こんな場所にこんな本があるはずがない。革の装丁で、背表紙にはタイトルも著者名もない。手に取ると、不思議なほど軽かった。まるで中身が空っぽであるかのように。
開いてみて、息を呑んだ。すべてのページが、白かった。
一文字も印刷されていない。罫線もなければ、汚れすらない。完全な白紙の本。なのに装丁だけは古く、革は使い込まれた手触りをしている。何十年、いや何百年と誰かの手にあったような、そんな質感だった。
白紙の本を持って階段を上がり、閲覧室の窓際の席に座った。午後の光がページに落ちる。そのとき、光が触れた部分に、薄く文字が浮かんだ。
最初は目の錯覚だと思った。けれど、ページを傾けると確かにそこにある。淡い銀色の文字。インクでも鉛筆でもない。光そのものが文字の形に凝固したような、不思議な書体だった。
「我は第七星域の記録者なり。この書に我が星の記憶を託す」
僕は息を詰めたまま、次のページをめくった。また白紙。けれど光を当てると、文字が浮かぶ。
「我が星には海があった。陸地のない、果てしない海だけの星だった。波の音が大気を満たし、生きとし生けるものは皆、その音を言葉とした」
ページをめくるたびに、異なる星の記憶が現れた。砂漠だけの星、樹木が空を覆う星、歌で意思疎通をする生き物たちの星。どの記憶も美しく、そして、すでに失われたものだった。
「我が星は砕けた。けれど記憶は残る。この本がある限り、我らは存在した証を持つ」
気がつくと、日が暮れていた。窓の外の亀裂から漏れる光が、夕焼けのように閲覧室を染めている。僕は百ページ以上を読んでいた。百以上の星の、最期の記録を。
そのとき、僕はようやく理解した。この本が何であるかを。
これは墓標だ。滅びた星々の墓標。けれどただの墓標ではない。読まれることで、もう一度だけその星が誰かの心の中に存在できる。そういう仕組みの本なのだ。
そして、最後のページには何も書かれていなかった。光を当てても、傾けても、白紙のまま。僕はしばらくそのページを見つめていた。やがて、分かった。
ここに書くのは、僕だ。
この星の最後の記録者として、僕がこのページを埋めるのだ。
僕は司書室からインクと万年筆を持ってきた。けれどペン先をページに下ろそうとして、手が止まった。何を書けばいい。この星のすべてを、どう言葉にすればいい。
山のこと、川のこと、海のこと。季節が巡ること。雨の匂い。雪の静けさ。春に咲く花の名前。夏の夜の虫の声。何もかもが大切で、何ひとつ省きたくなかった。
けれどページは一枚しかない。
僕は目を閉じた。この図書館で過ごしたすべての日を思い出した。子どもたちが走り回る声。老人が静かにページをめくる音。雨の日に増える来館者。晴れた日に窓辺で居眠りする常連。本を借りるとき少しだけ照れくさそうにする青年。返却が遅れて申し訳なさそうに来る女性。何でもない日常の、何でもない景色。
ああ、と思った。書くべきことは分かっている。最初から分かっていた。
ペンを下ろした。インクがページに染みていく。銀色の文字たちとは違う、ありふれた黒いインクの文字。それでいいと思った。僕は記録者であって詩人ではない。飾らない言葉で、ありのままを書く。それが僕にできる唯一のことだ。
「この星には図書館があった」
僕はそう書き出した。
「小さな図書館だった。蔦に覆われた石造りの建物で、屋根には苔が生えていた。蔵書はおよそ一万二千冊。物語があり、歴史があり、図鑑があり、詩集があった。この星の住人たちは文字を持ち、文字で記録し、文字で想像し、文字で誰かに思いを伝えた」
書きながら、涙が出た。悲しいのではない。この星に生まれたことが、この図書館の司書であったことが、どうしようもなく誇らしかったのだ。
「この星の住人たちは、別れ際に手を振った。また会えると信じて手を振った。その仕草がどれほど美しかったか、この記録を読む者に伝えたい」
ペンが止まった。もう書くことがないのではない。書ききれないのだ。一枚のページでは、到底足りない。けれど、最後の記録者たちは皆そうだったのだろう。百以上の星の記録者たちも、きっとこの足りなさに泣いたのだろう。
窓の外で、空の亀裂がゆっくりと広がっていく。光が強くなる。終わりが近い。
僕は最後の一行を書いた。
「誰かが読んでくれるかもしれない。誰も読まないかもしれない。それでも、書く。それが、この星にいた僕の、最後の仕事だから」
万年筆を置いた。インクが乾くのを待つあいだ、僕は図書館を見渡した。棚に並ぶ一万二千冊の背表紙。どの一冊にも、誰かの時間が染み込んでいる。
本を閉じた。不思議と軽かった本が、ほんの少しだけ重くなった気がした。この星ひとつぶんの重さが、加わったのかもしれない。
僕は本を棚に戻した。地下書庫ではなく、閲覧室の、いちばん陽の当たる棚に。誰かの手に届きやすいように。もう誰も来ないと分かっていても、司書の習性は最後まで抜けなかった。
窓の外が、白く染まっていく。
僕は閲覧室の真ん中に立ち、静かに目を閉じた。怖くはなかった。ここが僕の場所だ。一万二千冊の本に囲まれて、最後の一ページを書き終えて。これ以上の終わり方は、ない。
光が図書館を満たしていく。壁も、棚も、天井も、すべてが溶けるように白に還っていく。
その光のなかで、僕はたしかに聞いた。ページをめくる音を。どこか遠くの、まだ終わっていない世界で、誰かがあの本を開いている。銀色の文字と、黒いインクの文字を、静かに読んでいる。
ああ、届いたのだ。
僕はそう思って、笑った。
図書館は光のなかに消えた。けれど本は残った。あの一冊だけが、星のあいだを漂いながら、次の読み手を待っている。何百年でも、何千年でも。ページのあいだに挟まれた無数の記憶とともに、静かに、静かに。
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