📖 この台本について
⏱ 読了時間:約5分(約1,500字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:感動・泣ける
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
この作品は、亡き父の家を引き払うために帰ってきた娘が、居間の柱に残された「背くらべ」の跡と向き合う、感動朗読台本です。母を早くに亡くし、不器用な父とふたりで過ごした日々。十八で家を出て、年に一度帰るかどうかになっていた娘が、誰もいない家の静けさのなかで、もう取り戻せない時間の重さに、静かに気づいていきます。
この作品の読みどころは、十二歳で途切れたはずの線の、すぐ上に刻まれた「もう一本」の発見にあります。派手な事件も劇的な再会もありません。柱に刻まれた一本の線と、添えられたひとことだけが、無口だった父の、口にされなかった愛情のすべてを語ります。
朗読される際は、終始抑えた、淡々とした語りを基調にしてください。感情を込めすぎず、事実を静かに置いていくように読むことで、ラストの一行が、より深く聴き手の胸に届きます。
▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
全体を通して、感情を抑えた、淡々とした語りを基調にしてください。これは「思い出を整理している」一人語りです。「誰もいない家は、想像していたよりも、ずっと広く、ずっと、静かだった」のような冒頭は、ナレーションのように、落ち着いた低めの声で。泣かせにいかず、淡々と置いていくほどに、ラストが効いてきます。
② 緩急のつけ方
「——なのに。」「もう一本、線が、あった。」の前後では、しっかりと間を取ってください。発見の瞬間です。それまでの淡々とした流れを一度せき止め、わずかに声を落として、息を呑むような静けさをつくると効果的です。
③ 感情表現のコツ
父のセリフ「ここまで、大きゅうなった」は、囁くように、少し震わせて読んでください。回想のセリフ「もう、五十近いのに」は、ふっと笑うような軽さで。父と娘の声の質感を、ほんのわずかに変えるだけで、十分に伝わります。
④ ラストの処理
最後の「背中、まっすぐにせえ」「父の、あの声で。」は、急がず、ゆっくりと。語り手が父の声を心の中で再生しているイメージです。読み終えたあと、2〜3秒、無音の余韻を残して締めくくると、聴き手の中に静かな涙が残ります。
台本本文
父が亡くなって、私はひとり、実家へ戻った。
葬式の片付けも、四十九日も、ようやく終わった。あとは、この家を引き払うだけだ。築五十年の古い家には、買い手もつかないだろう。だから、来週には、取り壊すことになっている。今日は、その前に、形見になりそうなものだけを、運び出しにきた。誰もいない家は、想像していたよりも、ずっと広く、ずっと、静かだった。畳の匂いも、廊下のきしみも、子どものころと、何ひとつ変わっていないのに、ただ、人の気配だけが、すっぽりと、抜け落ちていた。
母は、私が高校生のころに、病気で逝った。それからは、父と、ふたりきりの暮らしだった。無口で、不器用な人だった。料理も洗濯も、慣れない手つきで、それでも、文句ひとつ言わずに、私を育ててくれた。授業参観にも、運動会にも、仕事を休んで、いつも来てくれた。私はといえば、そんな父の優しさに、ろくに気づきもしないまま、十八で、この家を出た。都会で就職して、結婚して、子どもを育てて——気がつけば、帰省するのは、年に一度あるかないか、になっていた。電話をかけても、「変わりないか」「ああ、元気だ」それだけで、すぐに切れた。父は、いつも、それだけの人だった。
居間の片付けをしていて、ふと、その柱の前で、手が止まった。
部屋のまんなかにある、太い柱。そこには、いくつもの、横線が刻まれている。背くらべの、跡だ。私の誕生日が来るたびに、父が、私を、この柱の前に立たせた。「背中、まっすぐにせえ」そう言って、頭のてっぺんに定規を当て、鉛筆で、しるしをつける。日付を書き込む。それが、毎年の、決まりごとだった。
線は、下から、少しずつ、上へと伸びていく。よちよち歩きのころの、低いしるし。小学校に上がったころ。背がぐんと伸びた、中学のころ。けれど、その線は、十二歳の春で、ぷつりと、途切れていた。
思い出した。あのころの私は、背くらべを、ひどく嫌がるようになっていた。「子どもっぽい」と、父の手を振り払った。父は、寂しそうな顔をして、それきり、定規を、しまった。
その、いちばん上の線を、私は、指でなぞった。あれから、もう、三十年以上が経つ。柱は、すっかり古び、色も褪せていた。
——なのに。
その、十二歳のしるしの、すぐ上に。
もう一本、線が、あった。
かすれた、薄い線だった。私は、目を凝らした。線のわきには、小さな字で、日付が書いてある。去年の、春。父の、震える字だった。
去年の春。思い出した。母の七回忌で、私が、ひとりで帰った日だ。あの日、父は、急に、こんなことを言った。「なあ、一回だけ、背くらべ、せんか」と。私は、笑った。「もう、五十近いのに」と。それでも、断りきれずに、柱の前に、立った。父は、ずいぶんと、嬉しそうだった。定規を頭に当てる手が、少し、震えていた。あれが、父と過ごした、最後の時間になった。
線のしたに、小さな字で、ひとこと、添えられていた。
「ここまで、大きゅうなった」
私は、その柱の前に、しゃがみこんだ。何十年ぶりかで、声をあげて、泣いた。父は、ずっと、覚えていた。十二歳で途切れた、あの線のことを。私が忘れていた、あの日々のことを。だから、この柱だけは、家じゅうが古びても、貼り替えず、削らず、そのままに、残していたのだ。私が、いつか、気づく日を、待つように。
来週、この家は、なくなる。
それでも、私は、決めた。せめて、この柱だけは。職人に頼んで、切り出してもらおう。そして、新しい私の家の、子ども部屋の、まんなかに、立ててもらおう。
今度は、私が、刻む番だ。
「背中、まっすぐにせえ」
父の、あの声で。
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