📖 この台本について
⏱ 読了時間:約3分(879字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:感動・泣ける
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
📋 ご利用規約:こちらをご確認ください
作品について
口下手で不器用な父と、いつしか距離のできてしまった娘。久しぶりに帰った実家で、二人のあいだには、気まずい沈黙だけが流れています。そんなとき、父がふいに台所へ立ち、震える手で剥いてきたのは、子どもの頃に作ってくれた、ふぞろいなうさぎりんごでした。本作は、言葉にされなかった親の愛情に、ふと触れる瞬間を描いた小品です。
劇的な事件は、何も起こりません。ただ、不格好に折れたうさぎの耳と、父の指の絆創膏という、ささやかな描写だけで、何十年ぶんもの想いを伝えます。声に出して読むうちに、自分自身の親の顔が浮かんでくる——そんな台本です。
朗読の際は、感情を込めすぎず、抑えた語りを意識してください。淡々と語るほど、ラストの一文が、聴き手の涙を、そっと誘います。3分という短さも、配信や練習に取り入れやすい長さです。
▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
全体を、静かで落ち着いた、少し懐かしむような声で読みます。回想を語る大人の女性の声です。感情を前に出さず、淡々と情景を描写することで、かえって後半の感動が引き立ちます。終始、穏やかなトーンを保ってください。
② 緩急のつけ方
父のセリフ「……ちょっと、待ってろ」は、ぶっきらぼうに、短く。そのあとの台所の物音の描写は、少しゆっくりめに読み、「待っている時間」の長さを感じさせます。皿が出てくる場面の前で、一拍、間を取りましょう。
③ 感情表現のコツ
「お前、これ、好きだったろう」は、照れ隠しの、素っ気ない口調で。その直後の地の文「私は、何も、言えなかった。」で、声に、こみ上げるものをにじませます。泣き声にはせず、ぐっとこらえる気配を、息づかいで表現してください。
④ ラストの処理
結びの「それは、世界で、いちばん、おいしかった。」は、ゆっくりと、噛みしめるように。最後の「おいしかった」の前に、ほんの少し間を置くと、余韻が深まります。読み終えたあと、数秒の沈黙を残してください。
台本本文
父は、昔から、不器用な人だった。
口下手で、私が子どもの頃も、ほとんど話さなかった。怒られた記憶も、褒められた記憶も、あまりない。やさしい言葉なんて、一度も、かけてもらった覚えがない。母が亡くなってからは、その背中は、もっと、小さく、無口になった。私も、いつしか、この家から、足が遠のいていた。
久しぶりに、実家へ帰った。たいした用事もないのに、なんとなく、父の顔を、見ておきたくなったのだ。
居間で、二人、並んで、黙ってテレビを見ていた。話すことなんて、何も、思いつかなかった。気まずい沈黙だけが、ずっと、続いていた。
「……ちょっと、待ってろ」
父は、ふいに立ち上がって、台所へ消えた。
台所のほうから、何かを探すような、ごそごそという音と、まな板を打つ、たどたどしい包丁の音が、聞こえてきた。なかなか、戻ってこない。何をしているのだろう。私は、そのまま、待っていた。
しばらくして、戻ってきた父の手には、小さな白い皿が、のっていた。
りんごだった。皮を、うさぎの耳のかたちに残して、剥いてある。
うさぎりんご。子どもの頃、私が熱を出すたびに、父が、枕元で作ってくれたものだ。あの頃は、もっと、つるりと、きれいな形をしていた。
けれど、皿の上のうさぎは、ひどく、ふぞろいだった。耳が、片方だけ折れていたり、不格好に、ちぎれかけていたり。よく見ると、父の指には、小さな絆創膏が、巻かれていた。
「お前、これ、好きだったろう」
父は、ぶっきらぼうに、そう言って、ぷいと、横を向いた。
私は、何も、言えなかった。
この人は、覚えていたのだ。何十年も前の、たった、それだけのことを。言葉にするのが、下手なだけで。ずっと、ずっと、覚えていてくれて。年老いて、震えるようになった手で、指を切りながら、それでも、不器用に、また、作ってくれたのだ。胸の奥が、じんと、熱くなった。
「……うん」
それしか、言えなかった。声が、震えそうで。
ひとつ、つまんで、口に入れた。
少し、欠けた、ふぞろいな耳。だけど、子どもの頃と、まったく、同じ味が、した。
ふぞろいの、うさぎ。
それは、世界で、いちばん、おいしかった。
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