【フリー朗読台本】ほどいて、また編む|5分・1人用|祖母の記憶を演じる女性ボイスに|声の書庫

日常・ほっこり

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約5分(約1,490字)
👤 登場人物:女性2名(語り手と祖母/1人読み用)
🎭 ジャンル:日常・ほっこり
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について

日曜日の午後、祖母の家のこたつで交わされる、何気ない会話から始まる物語です。祖母が毎年、同じ紺色のマフラーを編んでは、春になるとほどいてしまう——その理由を尋ねたとき、語り手は、亡き祖父との静かなつながりを知ることになります。事件らしい事件は起こりません。ただ、ふたりで毛糸を編む、あたたかな時間だけが流れていきます。

この作品の読みどころは、「完成させない」という選択に込められた、終わらせたくない想いです。ほどいて、また編む。その繰り返しの中に宿る愛おしさが、聴く人の胸にも、じんわりと染みこんでいきます。失われたはずの記憶が、毛糸のあたたかさとともに少しずつ戻ってくる描写にも、ぜひ耳を傾けてみてください。

朗読は、声を張らず、こたつのぬくもりが伝わるような、穏やかで低めのトーンがよく合います。祖母のセリフはゆったりと、語り手の心の動きはていねいに。終始、急がず、聴く人を冬の午後へ連れていくように読み進めてみてください。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

全体を通して、冬の日だまりのような、あたたかく落ち着いた声で読むのが効果的です。語り手は祖母を見守る孫の視点。穏やかさの中に、ささやかな驚きと愛情をにじませてください。冒頭の「日曜日の午後。祖母の家のこたつは、いつもどおり、ほんのりとあたたかかった。」は、ゆっくりと、聴き手をその部屋へ招き入れるように。

② 緩急のつけ方

「これはね、完成させないの」というセリフの前後では、しっかりと間を取りましょう。語り手の「え」は、戸惑いを短く、小さく。続く祖母の打ち明け話は、急がず、ひと言ひと言を置くように読むと、静けさが生まれます。

③ 感情表現のコツ

「ほどいて、また編む。そうしているとね、なんだか、おじいさんと、まだ一緒にいるみたいでね」——ここは作品の核心です。湿っぽくなりすぎず、けれど確かなあたたかさを込めて。淡々と語る中に、にじむ想いを乗せるのがコツです。

④ ラストの処理

「完成しないものが、ひとつくらい、あってもいい。」は、ひとり言のように、そっと。最後の「紺色の毛糸が、今日もまた、少しだけ伸びていく。」は、声を少しずつ落としながら、余韻を残して読み終えてください。最後の一文のあとに、ほんの少しの沈黙を。


台本本文

日曜日の午後。祖母の家のこたつは、いつもどおり、ほんのりとあたたかかった。

「おばあちゃん、また編んでるの」

わたしが声をかけると、祖母は手を止めずに、うん、と小さくうなずいた。膝の上には、編みかけのマフラー。深い、紺色の毛糸だった。

不思議だったのは、わたしがこの家に来るたび、そのマフラーが、いつまでたっても完成しないことだった。去年も、おととしも、祖母はずっと、同じ紺色を編んでいた気がする。少しずつ伸びては、いつのまにか、また短くなっている。まるで、時間がそこだけ、行ったり来たりしているみたいに。

「それ、いつできあがるの」

何気なく聞いたわたしに、祖母は少し笑って、編み棒を置いた。

「これはね、完成させないの」

「え」

「毎年ね、冬がくると編んで、春がくると、ほどくのよ」

そう言って、祖母はマフラーの端を、そっと指でなぞった。

「これ、おじいさんに編んでたものなのよ。でもね、編みあがる前に、いなくなっちゃってね」

わたしは、なにも言えなかった。祖父が亡くなったのは、わたしがまだ小学生の頃だ。顔は、もう、うまく思い出せない。覚えているのは、大きな手と、たばこの匂いと、それから、よく笑う人だったということくらい。

「寒がりな人でねえ。いつも、首が寒い寒いって言ってたの。だから、あったかいの編んであげようと思って」

祖母の指は、ゆっくりと、けれど確かに動いていた。何十年も、同じことを繰り返してきた手だった。

「だからね、完成させちゃうと、なんだか、終わっちゃう気がして」

祖母は、ほどいた毛糸を、くるくると玉に巻き直していく。何度もほどかれた毛糸は、ところどころ縮れて、くたびれていた。けれど、その色は、まだ深く、あたたかかった。

「ほどいて、また編む。そうしているとね、なんだか、おじいさんと、まだ一緒にいるみたいでね」

わたしは、毛糸玉のひとつを、手に取ってみた。やわらかくて、ほんの少し、おひさまの匂いがした。たぶん、晴れた日に、縁側で干していたのだろう。

わたしは、もう思い出せないと思っていた祖父の顔が、毛糸のあたたかさのなかに、少しだけ、にじんで見えた気がした。大きな手で、頭をなでてもらったこと。膝の上で、絵本を読んでもらったこと。忘れていたはずの記憶が、一目ごとに、そっと戻ってくる。

「わたしも、編んでみていい?」

祖母は、ちょっとびっくりした顔をして、それから、とてもうれしそうに、笑った。

「いいわよ。でもね、下手でいいの。どうせ、春にはほどくんだから」

教わりながら、わたしは、ぎこちなく編み棒を動かす。一目、また一目。指がもつれて、何度もやり直した。きつく編みすぎたり、ゆるみすぎたり。わたしの編んだところは、祖母のところと比べて、すぐにわかるくらい、でこぼこだった。

「上手、上手」

祖母は、そう言ってくれたけれど、ぜんぜん上手じゃない。それでも、なんだか、くすぐったくて、うれしかった。

そうやって、ふたりで黙って編んでいると、こたつのなかが、いつもより、ずっとあたたかい気がした。時々、毛糸を引く、かすかな音だけが、部屋に響く。それは、とても静かで、満ち足りた時間だった。

きっとこのマフラーは、来年の春も、ほどかれるんだろう。わたしの編んだでこぼこのところも、きれいさっぱり、ほどかれて。

そして、また冬がきたら、ふたりで、編むんだろう。

それでいい、と思った。

完成しないものが、ひとつくらい、あってもいい。終わらせないことで、つながっていられるものも、あるのだから。

窓の外で、冬の日ざしが、ゆっくりと傾いていった。祖母の手のなかで、紺色の毛糸が、今日もまた、少しだけ伸びていく。

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