【フリー朗読台本】靴は奥を向く|約10分・女性1人用|じわ怖を女性声で演じたい人へ|声の書庫

ホラー/怪談

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約10分(約2,900字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ホラー/怪談
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
📋 ご利用規約:こちらをご確認ください


作品について

玄関に揃えた靴が、朝になると決まって「奥」を向いている――。子どもの頃から靴をドアのほうへ揃える習慣を守ってきた女性が、その小さな違和感に気づいたところから、静かに日常がずれていきます。叫び声も血も出てこない、生活のすぐ裏側にひそむ怖さを描いた、いわゆる「じわ怖」系の怪談です。

この作品の読みどころは、恐怖の対象に少しずつ慣れ、やがて居心地よささえ感じはじめてしまう語り手の心の変化です。怪異そのものより、それを受け入れていく心のほうが怖い――そんな読後感を狙っています。母からの電話、奥の和室の足あと、靴のあたたかさといった伏線が、最後の一歩へと静かに収束していきます。

朗読する際は、声を張らず、終始抑えた穏やかなトーンで。怖がらせようとするほど怖さは逃げていきます。ひとりごとを聞かせるように、淡々と、けれど後半はわずかに体温を上げて語ると、ラストの余韻が深く残ります。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

全体を通して、声を張らず、低めの落ち着いた声で淡々と語ってください。これは「怖い話を聞かせる」のではなく、語り手が自分の日常を静かに振り返る独白です。冒頭の「玄関の靴は、いつも外に向けて揃える」は、ごく当たり前の習慣として、穏やかに。異変が始まっても声色を大きく変えず、平熱のまま語るほど、不気味さがにじみます。

② 緩急のつけ方

短い一文の段落――「でも、次の朝も、そうだった」「それでも、靴は、奥を向く」――の前後では、しっかり間を取ってください。読点の多い文は、句読点ひとつごとに小さく息を置き、急がないこと。母との電話の「奥に向けたら、だめよ」は、それまでよりさらに声を落とし、囁くように。

③ 感情表現のコツ

後半、語り手が怪異に慣れていく場面――「ああ、今日も、ちゃんと、いる」――は、安心したような、やわらかい声で。ここを「怖がる」のではなく「安らぐ」ように読むのが最大の見せ場です。違和感を、あえて温かく響かせてください。和室の足あとの場面だけは、わずかに息を詰め、声を細く。

④ ラストの処理

「あたたかかった。」は、ひと呼吸おいてから、ぽつりと。終盤の「廊下の、いちばん奥へ。暗い、その先へ。」はゆっくりと一歩ずつ言葉を置き、最後の「そう、思えたから。」は、救われたような、けれどどこか虚ろな声で締めてください。読み終えたあと、あえて数秒の沈黙を残すと余韻が生きます。


台本本文

玄関の靴は、いつも外に向けて揃える。子どもの頃から、ずっとそうしてきた。

帰ってきたら、脱いだ靴のかかとを持って、くるりと回す。つま先を、ドアのほうへ。すぐに出ていけるように。そうしなさい、と母が言った。お行儀だからね、と。だから私は、何も考えずに、ずっとそうしている。指がもう、形を覚えてしまっていて、暗くても、目をつぶっていても、自然にそうしてしまう。

ひとり暮らしを始めて、三年になる。古い借家の玄関は狭くて、たたきにはいつも、私の靴が一足だけ、きちんと外を向いて並んでいる。それが、あたりまえの景色だった。朝、出かけるとき、その揃った靴を見ると、なんだか、背筋が伸びるような気がした。

最初に気づいたのは、雨の朝だった。

仕事へ行こうと玄関に下りたら、私のスニーカーが、奥を向いていた。つま先が、ドアではなく、廊下のほう――家の、いちばん奥のほうを向いて、ていねいに揃えられていた。

寝ぼけていたのかな、と思った。昨日、疲れて帰ってきて、揃えるのを忘れたのかもしれない。それとも、自分でも気づかないうちに、逆に置いてしまったのかもしれない。そう思って、向きを直した。つま先を、ちゃんとドアのほうへ。靴の底についた、かわいた泥が、ぱらぱらと、たたきに落ちた。それで、その日は終わった。

でも、次の朝も、そうだった。

きちんと、揃っている。かかととかかとを合わせて、定規をあてたみたいに、まっすぐに。ただ、向きだけが、逆だった。つま先が、奥を向いている。

私は、そんなふうに揃えた覚えがない。いつも、外に向けているのだから。

それからは、毎朝だった。

私が外を向けて並べた靴は、朝になると、必ず、奥を向いている。かかとの位置も、私が置いたときより、ほんの少しだけ、家のほうへ動いている。つま先のあたりに、うっすらと、湿った跡が残っていることもあった。まるで、誰かが夜のあいだに、私の靴を履いて、家の奥へ、歩いていったみたいに。そして、また戻ってきて、そこへ揃えて、置いたみたいに。

そんなはずは、ない。

私は、ひとりだ。この家には、私しかいない。鍵もかけている。窓も、ぜんぶ閉めている。誰も、入ってこられない。入ってくるはずが、ない。

それでも、靴は、奥を向く。

一度、夜中に、目が覚めたことがあった。

かたん、と、小さな音がした。玄関のほうから。たたきで、何かを、そっと置くような音。私は、布団の中で、息をとめて、耳をすませた。それきり、音はしなかった。けれど、朝になると、やっぱり靴は、奥を向いていた。前の晩より、ほんの少しだけ、家のほうへ、近づいて。

ある夜、私は試してみることにした。脱いだ靴のあいだに、小さく折った紙きれを、そっと挟んでおいた。もし誰かが靴に触れたら、紙が落ちて、床に散らばるように。それから、玄関に背を向けて、布団に入った。

朝、息をひそめて、玄関に下りた。

靴は、奥を向いていた。そして、挟んでおいた紙は――きちんと、折りたたんだまま、靴のつま先の、すぐ前に、置かれていた。誰かが、わざわざ紙を抜き取って、ていねいに、靴の前に並べてくれたみたいに。落ちても、散らばっても、いなかった。ただ、そこに、ちょこんと、置かれていた。私への、返事みたいに。

その日から、私は、靴の向きを直すのを、やめた。直しても、どうせまた奥を向く。だったら、もう、いい。そう思うことにした。

おかしなことに、だんだん、慣れていった。朝、奥を向いた靴を見ても、なんとも思わなくなった。むしろ、それを見ると、少しだけ、ほっとするようになった。ああ、今日も、ちゃんと、いる。今日も、待っていてくれた。そんなふうに、思うようになっていた。

会社の人に、最近ちょっと疲れてるんじゃない、と言われた。たしかに、このごろ、顔色が悪かった。でも、家に帰って、奥を向いた靴を見ると、不思議と、心が、落ち着いた。

雨の日が、続いた。

私は、外に出るのが、だんだん、おっくうになっていった。会社を休む日が、増えた。一日じゅう、布団の中で、玄関のほうの気配を、うかがっていた。日が暮れると、たたきのほうから、かすかに、衣ずれのような音がした。誰かが、靴を、そっと持ち上げて、向きを、そろえなおしているような音。私は、それを、子守唄みたいに聞きながら、眠った。

おかしいと、わかってはいた。けれど、止められなかった。

一度だけ、勇気を出して、奥の和室の襖を、開けてみたことがある。

昼間の、明るいうちに。からっぽの、なにもない、四畳半。畳は、すこし湿っていて、古い、線香のような匂いがした。窓もないのに、部屋の真ん中だけ、空気が、ひんやりと、よどんでいた。

そして、畳の上に――小さな足あとが、ふたつ、ついていた。子どもの、裸足の足あと。土で、うっすらと。それは、襖のほうを向いて、こちらへ、歩いてこようとした、その途中で、ふっつりと、消えていた。

私は、襖を閉めた。そっと。それから、二度と、開けなかった。

母から電話がかかってきたのは、ちょうど、そのころだった。

「ちゃんと、靴、揃えてる?」

ずいぶん久しぶりの声だった。私は、笑って答えた。

「揃えてるよ。毎日、ちゃんと」

母は、少し黙ってから、言った。

「外に向けてるのね? ちゃんと、外に。すぐ、出ていけるように」

私は、返事をしなかった。できなかった。

母は、もう一度、ゆっくりと、言った。

「奥に向けたら、だめよ。つま先を、家のほうに向けたら、だめ。あれはね――そうすると、出られなく、なるから」

どうして、と訊こうとした。けれど、声が、うまく出なかった。喉の奥が、かわいていた。

母は、最後に、こう言った。

「あなたが小さいころね。あなたの靴も、毎朝、奥を向いてたの。だからお母さん、毎朝、直してたのよ。あなたが、出ていけるように。連れていかれない、ように」

あの家にも、いたの。母の声は、震えていた。

訊き返す前に、ぷつん、と、電話は、切れていた。何度かけ直しても、もう、つながらなかった。

廊下の、いちばん奥には、使っていない部屋がある。引っ越してきたときから、ずっと閉めたままの、四畳半の和室。家具も、何も置いていない。ただ、すきま風が入るのか、ときどき、襖が、ことり、と、ひとりでに鳴った。靴のつま先は、いつも、その部屋のほうを、まっすぐに、さしていた。

私は、しばらく、受話器を握ったまま、玄関のほうを、見ていた。

靴は、奥を向いていた。いつものように。つま先が、まっすぐ、家のいちばん奥を、さしていた。廊下の、その先の、暗がりのほうを。

私は、ゆっくりと、たたきに下りた。そして、その靴に、足を入れた。

あたたかかった。

まるで、ついさっきまで、誰かが履いていたみたいに。私の足の形に、やわらかく、なじんでいた。ずっと、ずっと、私が帰ってくるのを、待っていてくれたみたいに。

つま先の、向くほうへ。

廊下の、いちばん奥へ。暗い、その先へ。

私は、一歩、踏み出した。

うしろで、玄関のドアが、かちゃん、と、ひとりでに、鍵のかかる音がした。

でも、もう、ふりむかなかった。

だって、ようやく、帰れる気がしたから。私のいるべき場所は、外じゃなくて、この、いちばん奥なんだと――そう、思えたから。

同じジャンルの関連台本

ホラー/怪談系の台本をもっと探したい方は、以下もあわせてご覧ください。

リクエストや感想はお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました