📖 この台本について
⏱ 読了時間:約8分(2297字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ホラー・怪談
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
新しく赴任した小学校の音楽室には、二時十五分で止まったままの古い掛け時計がある。誰も直そうとしないその時計が、ある夜から誰もいないはずの部屋で静かに鳴り始める。数を重ねるように増えていく音の正体を追ううちに、主人公は三年前にこの部屋で亡くなった前任の教師と、ある生徒との間で途中のまま止まってしまった小さな約束の存在にたどり着いていく。
本作は激しい恐怖描写ではなく、時計の音という静かな異変を軸に据えた作品である。「何かを数えている」という不穏さと、その先に見えてくる未完の約束への切なさが同居している点が読みどころで、単なる怪異譚に終わらない余韻の残し方が特徴となっている。
朗読する際は、序盤から中盤にかけては淡々と抑えた語りで進め、時計が鳴る場面だけわずかに緊張を込めるとよい。終盤に向けては恐怖よりも静かな哀感を意識したトーンへと移していくことで、作品の持つ余韻がより伝わりやすくなる。
朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
全体を通して、驚かせる怪談というより静かな謎解きのように語るのが効果的です。感情の起伏を大きくつけすぎず、淡々とした口調をベースにしてください。
② 緩急のつけ方
「コン、コン、コン」と時計の音を数える場面では、あえて一拍ずつ間を空けて読むと、鳴っている回数が聞き手にも自然に伝わります。「先生、まだ待ってるんですね」というセリフの前後は、少し声を落として静けさを作ってください。
③ 感情表現のコツ
卒業生の女性が登場する場面は、驚きよりも懐かしさを滲ませる声で。彼女のセリフは囁くように優しく読むと、時計を巡る怪異が単なる恐怖ではなく、故人への想いの表れであることが伝わりやすくなります。
④ ラストの処理
最後の一文は特にゆっくりと、余韻を残すように読み終えてください。間を置いてから朗読を締めくくることで、聞き手の中に静かな読後感が残ります。
台本本文
わたしがこの小学校に赴任してきたのは、去年の春のことだった。四月の異動は急なもので、荷物を運び込む間もなく、初日から音楽の授業を受け持つことになった。
音楽室の壁には、古びた掛け時計がひとつ吊るされている。丸い木の枠に、少し黄ばんだ文字盤。窓から差し込む夕方の光を受けて、その時計だけがいつも少し翳って見えた。針は二時十五分を指したまま、もう何年も動いていないのだという。着任初日、隣のクラスの先生に「あの時計、直したほうがいいですか」と尋ねると、その先生は一瞬だけ表情を止めて、「触らないほうがいい」とだけ答えた。それ以上は、何も教えてくれなかった。
理由を知ったのは、六月に入ってからのことだ。学級だよりの印刷のために遅くまで職員室に残っていたわたしは、廊下の奥、音楽室のほうから小さな音が聞こえてくることに気づいた。コン、コン、コン。時計が時を刻む音にしては、あまりに軽く、乾いた音だった。まるで、木の棒でそっと何かを叩いているような。
不思議に思って扉を開けると、誰もいない部屋の中央で、あの止まっているはずの時計が鳴っていた。文字盤の針は変わらず二時十五分を指したまま、それでも確かに音は鳴り続けている。息を止めて数えると、鳴ったのは三回だった。三回鳴り終えると、部屋はまた元通りの静けさに戻った。
翌朝、それとなく教頭先生に尋ねると、しばらく黙り込んだあとで、静かにこう話してくれた。「三年前、この音楽室で、前任の先生が亡くなったんです。文化祭の掲示物を飾ろうとして、脚立から足を滑らせて」。倒れた拍子に壁の時計にぶつかり、それ以来、針は動かなくなったのだという。事故として処理され、それ以上のことは誰も口にしなくなった。
それだけの話なら、古い噂として忘れられていたはずだった。けれど、あの日を境に、時計の鳴る回数は少しずつ増えていった。三回だった音は、次の週には四回になり、その次には五回になった。まるで、何かをゆっくり数え上げているように。わたしは放課後、こっそり音楽室に居残っては、その回数を手帳に書き留めるようになっていた。
前任の先生については、職員室でも詳しく語る人は少なかった。ただ、音楽準備室の棚を整理していたとき、古いピアノ教本の隅に、几帳面な字で「今日は◯◯さん、良い声。次は表現力」といった短いメモがいくつも書き込まれているのを見つけた。生徒一人ひとりの小さな成長を、丁寧に見届けようとしていた人だったのだろうと、その筆跡から想像がついた。だからこそ、途中で止まってしまった約束が、これほど長く音楽室に留まっているのかもしれなかった。
七月最初の週、時計が六回鳴った夜のことだった。数え終えて息をついたわたしの背後、廊下の向こうから足音が近づいてきた。現れたのは、制服ではなく私服姿の、二十代半ばの女性だった。「こんな時間に、すみません。近くまで来る用事があったので」。彼女はためらう様子もなく音楽室に入ってくると、壁の時計をじっと見上げてつぶやいた。「先生、まだ待ってるんですね」。
聞けば、彼女はこの学校の卒業生で、あの日、時計の下で絵を褒めてもらった最後の生徒だったという。「発表会で歌う曲を、放課後に一緒に選んでもらう約束をしていたんです。その日の、まさにその時間に」。約束は果たされないまま、時計の針とともに止まってしまった。彼女はそれから一度も、この部屋に足を踏み入れられずにいたのだと、小さな声で打ち明けた。
わたしはその夜のうちに、職員室の奥にしまわれていた、亡くなった先生の私物の入った戸棚を確認させてもらった。中には、生徒たちの声域や得意な曲を書き留めた古いノートが残されていた。彼女の名前が記されたページを開くと、鉛筆で薄く、二つの曲名が並んで書かれている。どちらにも、選びきれずにいたのだろう、小さな丸が付きかけたまま止まっていた。
わたしはその夜、誰もいない音楽室で、二曲のうち一つを、そっと口ずさんでみることにした。すると、それまで規則正しく増えていくだけだった音が、その晩に限って違うリズムで鳴った。急かすでも、途切れるでもなく、まるで相槌を打つように、ゆっくりと二回だけ。
それから幾晩か、わたしは同じように音楽室へ通い、二曲を交互に口ずさんだ。数える回数は増え続けたが、彼女が一緒に来てくれた夜だけ、鳴り方はどこか穏やかだった。ある夜、彼女は音楽室の隅に置かれた古いピアノにそっと触れながら、「小学生のころ、先生の伴奏で歌うのが好きだったんです。うまく声が出なくても、何も言わずに、こっちのテンポに合わせてくれる人でした」と話してくれた。「わたしが決めていいんでしょうか」と彼女が呟いた夜、時計は珍しく、一度も鳴らなかった。
そして八月最後の夜、七回目の音が鳴り終えた瞬間、止まっていたはずの針が、ほんのわずかに揺れた気がした。次に瞬きをしたときには、もう元の二時十五分に戻っていたけれど、それきり、二度と音は鳴らなくなった。
新学期が始まった日の放課後、彼女が花を一輪持って音楽室を訪ねてきた。「もう、大丈夫みたいですね」。理由は、どちらも口にしなかった。ただ「そうですね」とだけ答えて、二人でしばらくの間、止まったままの時計を見上げていた。
今でもあの時計は、二時十五分を指したまま動かない。それでも、あの部屋の前を通るたび、わたしはつい足を止め、少しだけ耳を澄ませてしまう。数え終えることのできなかった約束が、あの一瞬だけ、確かにどこかへ届いたのだと、そう思うことにしている。まだどこかで、静かに続きを数えている誰かがいるような、そんな気がして。
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