【フリー朗読台本】三本目の缶コーヒー|5分・1人用|低音ボイスで魅せる社内怪談|声の書庫

ホラー/怪談

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約5分(約1460字)
👤 登場人物:男性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ホラー・怪談
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について

オフィスの休憩室に置かれたまま動かない、一台の古い自動販売機。亡くなった同僚が生前愛用していたこの機械を舞台に、日常の中にそっと入り込む違和感を描いた一編です。

本作の読みどころは、恐怖を煽る演出を極力排し、「温かさ」そのものが不気味さに変わっていく感覚を丁寧に積み重ねている点にあります。缶コーヒーという何気ない存在が、次第に語り手の日常を侵食していく様子に注目してください。

朗読の際は、大きな抑揚をつけず、淡々とした語り口を基調にすることで、静かな不穏さが自然と滲み出る作品です。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

全体を通して感情を大きく揺らさず、事実を淡々と語るように読むのが効果的です。声を張らず、抑えたトーンを保つことで、静かな違和感が引き立ちます。

② 緩急のつけ方

「ゴトン、と一つ落ちてきた」のあと、次の異常を告げる一文までは、ほんの一拍、間を置いてください。読み手が驚く前の静寂を再現するイメージです。

③ 感情表現のコツ

「田中さん、まだここにいるんですか」の一言は、恐怖よりも戸惑いと寂しさが滲むように、囁くような小さな声で読むと効果的です。

④ ラストの処理

最後の一文は感情を込めすぎず、事実を報告するように静かに締めくくることで、余韻を残したまま物語を終えられます。


台本本文

オフィスの休憩室の隅に、古い自動販売機がある。もう何年も新しい商品が補充されていないのに、なぜか電源だけは切られないまま、低いモーター音を立て続けている。田中さんが亡くなってから、もう三年が経つ。彼が生きていた頃、毎朝この機械で缶コーヒーを買うのが日課だった。ブラックの、いちばん安いやつ。ボタンを押すと、ゴトンと音がして、生ぬるい缶が転がり落ちてくる。それだけの、なんの変哲もない習慣だった。

田中さんが倒れたのは、この休憩室でだった。缶コーヒーを片手に、椅子に座ったまま、静かに息を引き取ったのだと聞いている。それ以来、僕はこの機械を避けていた。理由はうまく説明できない。ただ、ボタンの並びを見るたびに、田中さんの指の動きを思い出してしまうからだ。

先週のことだ。残業で遅くなった夜、僕はやむを得ずこの休憩室に立ち寄った。喉が渇いていた。財布の小銭を確かめながら、いちばん安い緑茶のボタンを押す。ゴトン、と一つ落ちてきた。それを取り出そうとしゃがんだとき、機械の中でもう一度、同じ音がした。ゴトン。誰も何も押していないのに、もう一本、缶が落ちてきたのだ。

取り出し口を覗くと、そこにあったのは緑茶ではなかった。田中さんがいつも飲んでいた、あの安いブラックの缶コーヒーだった。ラベルはもう何年も前に生産終了になっているはずのものだ。手に取ると、驚くほど温かかった。まるで、誰かがずっと両手で包んでいたかのように。

その夜から、僕はこの機械のことが頭から離れなくなった。次の日も、その次の日も、同じ時間に休憩室へ通ってしまう。緑茶を一本買うたびに、決まって二本目が落ちてくる。そしてその二本目は、必ず田中さんのコーヒーだった。冷たいはずの缶が、いつも人肌ほどに温かい。

田中さんの葬儀の日、僕はこの機械の前を通り過ぎただけで、中を覗くことすらできなかった。喪服姿の同僚たちが廊下を行き交う中、この休憩室だけが、いつもと変わらない顔をして静かに立っていたのを覚えている。あの日から、僕はずっとこの部屋を避けてきたはずだった。それなのに今は、毎晩ここへ足を運んでしまっている。

「田中さん、まだここにいるんですか」

誰もいない休憩室で、僕は思わずそう呟いていた。返事はない。ただ、機械のモーター音だけが、いつもより少しだけ長く唸った気がした。壁の時計の針は、もう日付が変わる少し前を指している。こんな時間まで残っているのは、この階では僕一人だけのはずだった。

三本目が出たのは、今夜のことだ。緑茶、田中さんのコーヒー、そこまでは、もう見慣れた光景になっていた。けれど今夜は、その後にもう一度、ゴトンと音がした。三本目。取り出し口を覗き込むと、そこにあったのは、僕がまだ一度も飲んだことのない銘柄だった。甘い缶コーヒーの、見覚えのないパッケージ。

裏返してみると、賞味期限の下に、小さな文字で製造年が印字されている。それは、僕がこの会社に入社する、ずっと前の日付だった。

僕はしばらく、その缶を手のひらの上で転がしていた。温かい。田中さんのコーヒーと同じくらい、温かい。誰のための一本なのか、僕にはわからない。ただ、いつか自分がこの休憩室で椅子に座ったまま動かなくなる日が来たら、後から誰かが同じようにこの機械の前に立つのかもしれない、と、ふとそんなことを思った。

机の上に、田中さんの分と、見知らぬ銘柄の分を、そっと並べて置く。自分の緑茶だけを持って、僕は休憩室の電気を消した。背中越しに、モーター音が、まだ静かに唸り続けているのが聞こえていた。

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