【フリー朗読台本】四階から、誰かが降りてくる|10分・1人用|自分そっくりの声に怖気立つ方へ|声の書庫

ホラー/怪談

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約10分(約2800字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ホラー・怪談
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
📋 ご利用規約:こちらをご確認ください


作品について

三階建てのはずのマンションに、なぜか存在しない「四階」を示すボタンがある。誰も気に留めないその小さな違和感から始まる、日常に潜む恐怖を描いた作品です。

本作の読みどころは、恐怖の対象が「他者」ではなく「自分自身」へと変わっていく構成にあります。廊下の奥に立つ人影の正体が明かされる場面は、朗読される方にとっても緊張感のある聴かせどころとなるでしょう。

朗読する際は、前半は淡々とした生活の描写を意識し、後半にかけて徐々に呼吸を詰めていくような緊張の高め方が効果的です。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

冒頭は生活感のある落ち着いた声で、淡々と読み進めてください。異変が起きる場面から徐々に緊張を上げていくと、聴き手が自然に引き込まれます。

② 緩急のつけ方

「ふと見ると、階数表示が『3』を通り過ぎて」の一文では、間を少し空けてから読むと、聴き手の不安が高まります。「扉が開く。」は短く区切り、沈黙を活かしてください。

③ 感情表現のコツ

クライマックスの「おかえりなさい」は、囁くように、感情を抑えた平坦な声で読むと、かえって不気味さが際立ちます。感情を込めすぎないことがポイントです。

④ ラストの処理

最後の一文は、余韻を残すよう、少しゆっくりめに読み、語尾を静かに落としてください。読み終えたあとの沈黙も、演出の一部です。


台本本文

引っ越してきたのは、築三十年ほどの、なんの変哲もないマンションだった。三階建てで、駅からは少し遠いけれど、家賃の割に部屋は広く、日当たりも悪くなかった。エレベーターは古いが、動きに問題はない。そう思っていた。

気になったのは、エレベーターのボタンだった。「1」「2」「3」の下に、もうひとつ、擦り切れて数字の読めないボタンがある。表面の塗装は剥げ、指で押した跡だけが、うっすらと残っていた。

最初にそれを見つけたとき、同じ階に住む年配の女性に、何気なく聞いてみたことがある。「あのボタン、なんだと思います?」。女性は一瞬、表情を曇らせてから、「さあ、昔からあるものだから」とだけ答え、そそくさとエレベーターを降りていった。その反応が、妙に引っかかった。

管理会社にも聞いてみると、「昔の名残でしょう、押しても反応しませんから、気にしないでください」と、あっさり言われた。実際に何度か押してみたが、たしかに何の反応もなかった。だから、しばらくは気にせず過ごしていた。

新生活にも慣れ始めた、ある夜のことだった。

残業を終えて帰宅し、いつものようにエレベーターに乗り込む。「3」を押す。扉が閉まり、上昇していく感覚がある。けれど、いつもより長い。数秒のはずの移動が、やけに引き延ばされているように感じた。

ふと見ると、階数表示が「3」を通り過ぎて、あの、読めないはずの数字のところで光っていた。

エレベーターが停止する、小さな音がした。

扉が開く。

そこには、廊下があった。見たことのない、暗い廊下だった。壁紙は古びて茶色く変色し、天井の蛍光灯が不規則に点滅している。三階建てのはずのこの建物に、存在しないはずの廊下が、当たり前のように続いていた。

「……」

声も出せずにいると、廊下の奥に、誰かが立っているのが見えた。輪郭だけの、女の人影のようだった。動く気配はなく、ただ、じっとこちらを向いているようだった。

とっさに「閉」のボタンを連打する。扉が閉まる直前、その人影が、こちらに向かって小さく頭を下げるのが見えた。まるで、お辞儀をするみたいに、ゆっくりと。

扉が閉まり、エレベーターは何事もなかったように「3」で止まった。心臓の音だけが、やけに大きく聞こえた。

その夜は一睡もできなかった。翌朝、管理人に確認しに行くと、意外な話を聞かされた。

このマンションは、以前あった別の建物の跡地に建てられたのだという。「前の建物には、四階があったそうですよ。今はもう取り壊されて、ここにはありませんが、当時の設計図の一部が残っていましてね」

「四階には、何があったんですか」

管理人は、少し言いよどんでから答えた。

「昔、そこで人が亡くなる事故があったと聞いています。詳しいことは私も知りませんが、それ以来、四階だけ、使われなくなったとか。建て替えのときに、思い切って階数から外したそうです。図面の上でも、なかったことにしたと聞いています」

その話を聞いてから、あのボタンを見るたびに、背筋が冷たくなった。けれど、引っ越したばかりで、すぐに部屋を変えるわけにもいかない。だましだまし、そのマンションで暮らし続けることにした。

気になって、休みの日に古い地図や資料を調べてみたこともある。図書館で当時の住宅地図を探すと、たしかに、今のマンションの場所に、もう一つ別の建物の名前が記されていた。四階建てのビルだったらしい。しかし、その建物に関する詳しい記録は、どこにも見当たらなかった。まるで、はじめから四階など存在しなかったことにされているようだった。

友人にこの話をしても、「気のせいだよ、疲れてるんじゃない」と、笑って流されるだけだった。誰かに信じてもらえないという事実が、かえって、あの夜の記憶を鮮明にしていくようだった。

それから半年ほど、何も起きなかった。ボタンを押しても反応せず、エレベーターは「3」より上には行かなかった。次第に、あの夜のことも、疲れていたせいの見間違いだったのだと、自分に言い聞かせるようになっていった。生活は、少しずつ落ち着きを取り戻していった。あの年配の女性とも、廊下ですれ違えば会釈をする程度の、穏やかな距離感が続いていた。

季節が一巡りするころには、あの夜の記憶も、遠い出来事のように感じられるようになっていた。仕事は忙しくなり、休日には友人と出かけることも増えた。エレベーターに乗るときも、以前ほど身構えることはなくなっていた。ただ、あのボタンの前を通るたびに、ほんの一瞬だけ、視線が吸い寄せられることだけは、変わらなかった。

だが、ある雨の夜、また同じことが起きた。

仕事帰り、疲れきった体でエレベーターに乗り込む。「3」を押したはずだった。扉が閉まり、上昇していく。傘から滴る雨音だけが、狭い箱の中に響いていた。

けれど、また、いつもより長い。

階数表示を見ると、また、あの数字で止まっていた。

今度は、扉が開いても逃げなかった。なぜだか、確かめたい気持ちのほうが、恐怖よりも強かった。

廊下は、前に見たときと同じだった。古い壁紙、点滅する蛍光灯、遠くから聞こえる、かすかな水音のようなもの。そして、廊下の奥に、あの人影が立っていた。

今度は、はっきりと顔が見えた。

見覚えのある顔だった。

自分の顔だった。

「……え」

声が出た瞬間、その人影が、ゆっくりと近づいてきた。歩き方も、少し猫背気味な癖も、自分そのものだった。ただ、目だけが、こちらを見ていなかった。焦点の合わない、どこか遠くを見るような目だった。

人影が、口を開いた。

「おかえりなさい」

自分の声だった。ただ、少しだけ時間差があるような、奇妙な響き方をしていた。まるで、離れた場所で録音した音声を、後から重ねて再生しているような。

扉が閉まりかけた。とっさに体を引いて、廊下から離れる。扉は音もなく閉まり、エレベーターは「3」で止まった。

部屋に戻ってからも、しばらく体の震えが止まらなかった。あの人影は、自分だったのだろうか。それとも、あの事故で亡くなった誰かが、たまたま自分の姿を借りていただけなのだろうか。考えても、答えは出なかった。

翌日、管理会社に連絡し、あのボタンを完全に塞いでもらうよう頼んだ。業者が来て、ボタンの上から金属のプレートを取り付け、二度と押せないようにしてくれた。作業を終えた業者は、「これで大丈夫ですよ」と、あっさり言って帰っていった。

それからは、何も起きていない。エレベーターは「1」「2」「3」だけを行き来する、ごく普通の乗り物に戻った。生活も、少しずつ元通りになっていった。あの年配の女性は、少し前に引っ越していったと聞いた。行き先は、誰も知らないそうだ。

けれど、今でも、夜遅くにエレベーターに乗るとき、ふと、階数表示を見てしまう自分がいる。

プレートの下に、まだ、あのボタンがあることを知っているから。

そして、たまに思う。

あの廊下で「おかえりなさい」と言った自分は、今、どこにいるのだろうかと。

同じジャンルの関連台本

ホラー・怪談系の台本をもっと探したい方は、以下もあわせてご覧ください。

リクエストや感想はお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました