【フリー朗読台本】抜いても、抜いても|5分・1人用|ゾクっと来る現代怪談に|声の書庫

ホラー/怪談

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約5分(1,495字)
👤 登場人物:男性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ホラー/怪談
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について

一人暮らしの男の部屋に、ある朝、長い黒髪が一本だけ落ちている。髪の短い彼の部屋に、女が来たことなど、もう何年もない。捨てても捨てても、その髪は、毎日、場所を変えて、しかも少しずつ長くなりながら、あらわれ続けます。本作は、日常のなかにじわじわと染み出してくる不安を描いた、一人称の現代怪談です。

派手な幽霊も、血しぶきも出てきません。怖いのは、「いつのまにか、すぐそばにいる」という、その距離感だけ。鍵を替え、塩を盛り、ついには引っ越してまで逃げようとする男の行動が、かえって、逃れられなさを際立たせていきます。

朗読の際は、声を張り上げず、淡々とした語り口を保つほど効果的です。冷静に状況を説明しようとする声が、少しずつ揺らいでいく——その崩れ方こそが、この台本の聴かせどころになります。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

全体を、抑えた低めの声で、淡々と語ってください。「最初は、一本だった。」という冒頭は、まだ何も起きていない、平凡な事実を述べる調子で。落ち着いているからこそ、後半の崩れが際立ちます。叫ばず、囁くように怖がらせるのが理想です。

② 緩急のつけ方

「枕の上だけでは、なかった。」からの列挙は、一つずつ、間を置いて、淡々と積み上げてください。逆に「ふと、目が覚めた。」以降は、呼吸を浅くし、テンポをわずかに速めて、追い込まれていく感覚を出します。

③ 感情表現のコツ

クライマックスの「引いても、引いても、終わらない。」は、感情を爆発させず、声を震わせ、息を詰めるように。パニックを「演じる」のではなく、必死で正気を保とうとする声がにじむと、生々しくなります。

④ ラストの処理

結びの「それが、もう、わかってしまったから。」は、抵抗をやめた、静かな諦めの声で。一段、声を落とし、ゆっくりと言い切ってから、数秒の沈黙を残してください。明かりを消した暗闇が、聴き手の中に残ります。


台本本文

最初は、一本だった。

朝、枕の上に、長い髪が一本、落ちていた。黒くて、艶があって、まっすぐな髪。指でつまんで持ち上げると、私の腕より、ずっと長かった。

私は、男だ。髪は短い。一人暮らしで、この部屋に女を上げたことなど、もう何年もない。

きっと、洗濯物にでも紛れ込んだのだろう。そう思って、深く考えずに、ゴミ箱へ捨てた。

けれど、次の日も、あった。

その次の日も。

枕の上だけでは、なかった。炊きたての、白い米の上に、一本。閉じたままの文庫本の、ページの間に、一本。冷蔵庫の、まだ開けてもいない牛乳パックの口に、ぐるりと巻きついて、一本。

どれも、同じ髪だった。長くて、黒くて、つやつやと、まるで生きているみたいに、光を弾く髪。

そして、日に日に、長くなっていた。最初は二十センチほどだったのが、一週間も経つ頃には、畳に届くほどに伸びていた。一日で、髪が、そんなに伸びるはずがない。

私は、部屋じゅうを掃除した。排水溝も、布団の中も、洗濯機の裏も。髪の毛一本、残さないように、何度も、何度も、指でなぞるように確かめた。

それでも、朝になると、必ず、あった。前の日よりも、ずっと、長く。

誰かが、夜のあいだに、入ってきている。そう考えるほうが、まだ、ましだった。私は、鍵を替えた。窓に、つっかえ棒をした。玄関に、塩まで、盛った。それでも、髪は、増え続けた。むしろ、増える速さは、日ごとに、はやくなっていった。

私は、だんだん、まともに眠れなくなった。夜中に何度も飛び起きては、枕を、布団を、自分の身体を、手で探る。髪が、巻きついていないかと。指先で、自分の腕を、首を、何度もなぞった。何もないと、ほっとして、また、目をつむる。けれど、その安心は、長くは、続かなかった。

眠るのが、こわくなった。

それでも、人は、眠ってしまう。

ある朝、目を覚ますと、右手の薬指に、髪が、ぐるりと、巻きついていた。きつく、結ぶように、何重にも。指の先が、紫色に、変わりかけていた。私は、悲鳴をあげて、それを、引きちぎった。

それから、数日後の、夜のことだった。

ふと、目が覚めた。喉の奥が、妙に、ざらつく。風邪でも引いたのかと、軽く、咳をした。すると、唇に、何かが、つるりと、触れた。

つまんで、引っぱった。

口の中から、髪が、出てきた。

一本。長い、黒い髪。引いても、引いても、終わらない。喉の奥から、するすると、いくらでも、いくらでも、出てくる。

私は、それを、両手で、夢中で、たぐり寄せた。暗い畳の上に、黒い髪が、とぐろを巻いて、小さな山になっていく。それは、私の身長よりも、長かった。喉の奥が、ひりひりと、痛んだ。指が、震えて、止まらなかった。涙か、よだれか、自分でも、わからないものが、顎を、伝った。

もう、限界だった。

私は、その部屋を、捨てることにした。何かに憑かれたように、不動産屋へ走った。誰も知らない、遠い街の、知らないアパート。家具も、本も、思い出も、半分も持たずに、ただ、逃げるように、私は、その街を、出た。

新しい部屋は、まだ何の匂いもしない、明るくて、きれいな部屋だった。誰の気配も、なかった。これで、やっと、終わる。私は、心から、そう、思った。

最初の夜。

買ったばかりの、新品の枕に、頭を、のせようとして、私は、手を、止めた。

まっさらな、白い枕の。ちょうど、私の頭が、沈む、その場所に。

長い、黒い髪が、一本。

ここにも、ちゃんと、先回りをして。

私が来るのを、知っていたように。

ただ、静かに、私を、待っていた。

私は、そっと、電気を、消した。

抜いても、また、生えてくる。

逃げても、ちゃんと、ついてくる。

それが、もう、わかってしまったから。

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