📖 この台本について
⏱ 読了時間:約7分(約2043字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ミステリー・サスペンス
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
宅配便ドライバーの女性が、担当する一室に感じ続ける違和感を描いたミステリーです。訪ねるたびに応対する人物が変わるのに、声だけは決まって同じという、日常の中の小さな謎から物語が始まります。
この作品の読みどころは、誰もが受け取りに行きそうな一つの些細な違和感が、次第に不気味な確信へと変わっていく積み重ね方にあります。派手な事件は起きませんが、読み進めるほどに、じわりとした不安が募っていきます。
朗読する際は、業務報告のような淡々とした語り口を保ちながら、違和感に気づく瞬間だけ、わずかに声の速度を落とすことを意識してください。感情を大きく揺らさない抑えたトーンが、この作品の不穏さを引き立てます。
▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
全体を通して、事務的で落ち着いた語りを基調にしてください。感情を込めすぎず、日々の業務を振り返るような淡々とした声が、この作品の不気味さを支えます。
② 緩急のつけ方
「今、代わりの者が出ますので」という台詞の前後は、しっかりと間を取ってください。「代わりの者」という言葉の異質さが、静寂の中でより際立ちます。
③ 感情表現のコツ
「田中です」と答えられる場面は、大きな驚きではなく、じわりと背筋が冷えるような静かな不安を声に乗せてください。抑えた声ほど、不気味さが伝わります。
④ ラストの処理
最後の「これからもきっと変わらないだろう」は、囁くように、余韻を残して淡々と締めくくると、聴き手に不安を残したまま終わることができます。
台本本文
宅配便のドライバーになって、五年目になる。担当エリアは決まっていて、同じマンション、同じ部屋に、何度も配達に伺うことも珍しくない。長く同じ地域を回っていると、住人一人一人の生活のリズムのようなものが、自然と頭に入ってくる。何曜日にどんな荷物が届くか、誰が在宅がちで、誰が留守がちか。そんな些細な情報が、日々の配達を少しだけ豊かなものにしてくれていた。
中でも印象に残っているのが、あるマンションの五階、五〇二号室だった。
その部屋には、月に数回のペースで荷物が届く。インターホンを押すと、いつも同じ、落ち着いた低い声の男性が応答する。
「はい、少々お待ちください」
その声だけは、いつも変わらなかった。けれど、扉を開けて荷物を受け取る人物は、毎回、なぜか違っていた。
ある時は、痩せ型で眼鏡をかけた、神経質そうな青年だった。ある時は、恰幅のいい、四十代くらいの男性だった。またある時は、白髪交じりの、初老に近い男性が出てきたこともある。体格も、髪型も、服装の雰囲気も、来るたびに違う。それでも、玄関先で交わす短い言葉のやりとりだけは、決まって同じ、あの低い声だった。
最初は、来客が多い部屋なのだろうと、深く考えなかった。荷物の受け取りは、家族や同居人が対応することもよくある。それに、この仕事をしていれば、来客のたびに違う人が荷物を受け取ること自体は、珍しい話ではない。それでも、受け取りのサインを見るたびに、小さな違和感が積み重なっていった。サインの筆跡は毎回違うのに、書かれている名前は、いつも同じ「田中」という文字だった。丸みを帯びた字のこともあれば、角ばった、几帳面な字のこともある。それなのに、書き順の癖なのか、「田」の字の最後の一画だけは、どのサインでも、不思議と同じ形をしていた。
「田中さんって、ご家族が多いんですかね」
一度、事務所でそんな話をしたことがある。同僚は首をかしげて、こう言った。
「あそこ、住民登録は一人だけのはずだよ。独身の会社員だったと思う」
その言葉を聞いてから、五〇二号室への配達が、少しだけ怖くなった。それでも仕事は仕事だ。私は変わらず、その部屋へ荷物を届け続けた。
ある日、複数口の荷物を同時に届ける機会があった。インターホンを押すと、いつもの声が応じ、扉が開く。今日出てきたのは、小柄で、まだ学生のようにも見える、若い男性だった。荷物を受け取ってもらうため、少しだけ玄関の中が見えた。そこで、私は思わず息をのんだ。
玄関には、同じサイズの革靴が、何十足も、几帳面に並べられていた。色も形もほとんど同じ、けれど微妙に履き古され方の違う靴が、まるで整列するように、玄関いっぱいに置かれていた。
「あの、失礼ですが、たくさんお客様が来られるんですか」
思わず尋ねると、若い男性は少し首をかしげて、あの低い声で答えた。
「いえ、僕一人ですよ」
その声の違和感に、うなじの毛が逆立った。若々しい顔立ちから出るには、あまりに落ち着いた、聞き覚えのある声だった。
それから数ヶ月、私は五〇二号室への配達のたびに、緊張しながらインターホンを押すようになった。出てくる人物は、相変わらず毎回違う。年齢も、体格も、性別すら、一度だけ違ったように感じたことがある。それでも、声だけは変わらない。まるで、一つの声を、何人もの人間で分け合っているかのようだった。同僚たちにこの話をしても、誰も本気にしてくれなかった。「気のせいだよ」「たまたま似た声の人が続いただけじゃない」そう言われるたび、自分の感覚の方がおかしいのかもしれないと、思うようにしていた。
先日、いつものように配達に伺ったとき、インターホン越しに、こんな言葉が返ってきた。
「今、代わりの者が出ますので、少々お待ちください」
代わりの者、という言い方に、初めて引っかかりを覚えた。少しの間があって、扉が開く。今日出てきたのは、これまで見た誰とも違う、真新しいスーツに身を包んだ、若くも年老いてもいない、印象の薄い男性だった。
サインをもらいながら、思い切って尋ねてみた。
「失礼ですが、お名前を伺ってもいいですか」
男性は、まっすぐにこちらを見て、あの声で、静かに答えた。
「田中です」
それだけだった。にこりともせず、荷物を受け取ると、静かに扉を閉めた。エレベーターに向かいながら、私はふと振り返った。閉じた扉の向こうから、複数の足音が、廊下の奥へと歩いていくような、そんな気配がした気がした。
今でも、あのマンションの担当は続いている。荷物は、変わらず月に数回届く。インターホンを押すたびに、今日はどんな「田中さん」が出てくるのだろうと、少しだけ息を止めてしまう自分がいる。次はどんな人が扉を開けるのか。それとも、いつかまた、あの若い男性が言った「代わりの者」という言葉の続きを、聞かされる日が来るのか。私には、まだわからない。ただ一つ確かなのは、荷物を受け取る手が変わっても、あの声だけは、これからもきっと変わらないだろうということだけだった。
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