📖 この台本について
⏱ 読了時間:約3分(約900字)
👤 登場人物:女性2名(語り手と老婦人/1人読み用)
🎭 ジャンル:日常・ほっこり
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
仕事帰りに立ち寄る、夜のコインランドリー。誰もいない店内に響く乾燥機の音と、ほのかな洗剤の匂い。本作は、そんなありふれた夜の片隅で生まれる、小さな出会いとやさしさを描いた日常の物語です。
物語を動かすのは、奥の台で黙々と洗濯物をたたむ一人の老婦人。彼女がふと差し出す「温かいうちにたたんだタオル」が、冷えきった語り手の心を、静かにほどいていきます。派手な事件は起こりません。けれど、誰かの一日の温もりが手のひらに伝わる瞬間を、丁寧に味わえる一編です。
朗読は、声を張らず、穏やかで抑えたトーンがよく合います。疲れた夜にぽつりと語りかけるように、ゆっくりと。聞く人の肩の力がふっと抜けるような、やわらかな読みを意識してみてください。
① 語りのトーン 全体に静かで内省的に。声を張らず、息を含ませるように読みます。冒頭の「夜のコインランドリーには、私だけの時間が流れている」は、独り言のトーンで、少しゆっくりと置くように。 ② 緩急のつけ方 「お嬢さん、これ、持ってみる?」の前で一拍、はっきりと間を取ります。誰もいなかった空間に、ふいに声が差し込まれる驚きを、その間で表現してください。老婦人のセリフは、語り手より少しだけ柔らかく、ゆったりと。 ③ 感情表現のコツ 「……ありがとうございます」は、感謝を声高に言わず、声を落として、言葉に詰まるように。胸が温かくなる感情は、抑えるほど伝わります。 ④ ラストの処理 「もう、ひとりではなかった」は、しみじみと、しかし湿っぽくなりすぎないように。最後の「なかった」を言い切ったあと、半拍だけ余韻を残して、そっと閉じてください。▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
台本本文
夜のコインランドリーには、私だけの時間が流れている。
仕事帰り、最終バスを一本見送って、誰もいない店の、まわる洗濯機の前に腰をおろす。乾燥機がくるくると低い音を立てて、まるい窓の向こうで、シャツやタオルが回っている。蛍光灯の白い光と、洗剤のかすかな匂い。一日の疲れも、あの中にいっしょに放り込んで回してしまえたら、どんなにいいだろう。
その人は、いつも奥の台で洗濯物をたたんでいた。白髪をきれいにまとめた、小柄なおばあさん。タオルの角をきちんと合わせて、手のひらでそっと押さえてから、ふわりとたたむ。急ぐでもなく、慈しむように。私はなんとなく、その静かな手元を見るのが好きだった。声をかけたことは、一度もなかったけれど。
その夜は、ことさら冷えていた。コートの前を合わせても、指先がかじかんで、温かい飲み物も買いそびれて、私はただ膝を抱えて、乾燥機の回る音を聞いていた。
「お嬢さん、これ、持ってみる?」
声をかけられて、顔を上げる。いつのまにか隣に立ったおばあさんが、たたんだばかりのタオルを一枚、そっと差し出していた。戸惑いながら受け取ると、まだ、ほんのりと温かい。
「乾いたばかりのものはね、温かいうちにたたむといいのよ。皺ものびるし……なんだか、気持ちまで、ほどけるから」
そう言って、おばあさんは目尻に皺を寄せて笑った。
私はそのタオルを、しばらく両手で包んでいた。日なたのような、やさしい匂いがする。冷えきっていた指先に、じんわりと、誰かの一日の温もりが伝わってくるようだった。それは洗剤の匂いではなくて、お日さまと、過ぎていった時間の匂いだった。
「……ありがとうございます」
それだけ言うのが、その夜の私には精一杯だった。
それから私は、自分の洗濯物が乾くと、すぐに台に広げるようになった。冷めてしまう前に、温かいうちに、一枚ずつ。シャツの皺をのばして、タオルの角を合わせて、手のひらでそっと押さえる。あの人がしていたように。
おばあさんは、相変わらず奥の台にいて、ときどき目が合うと、小さくうなずいてくれる。名前も、どこに住んでいるのかも、私は知らない。けれど、この場所では、それで十分だった。たったそれだけのことで、なんだか、今日も一日、大丈夫だったなと思えるのだから。
たたみ終えた洗濯物を胸に抱えて、夜道を帰る。腕の中が、ほんのりと温かい。
明日もきっと、私は疲れて帰ってくるのだろう。それでも、いいのだ。温かいうちに、たためばいい。
そう思えるだけで、この夜は、もう、ひとりではなかった。
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