【フリー朗読台本】あなたの声が、最後の贈りもの|15分・1人用|母の手紙に泣ける朗読に|声の書庫

感動・泣ける

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約15分(4500字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:感動
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について

亡き母が遺した一通の手紙を、娘のさくらが見つけるところから始まる感動の朗読台本です。手紙は母が入院中、余命を悟ったうえで書いたもの。さくらの誕生の朝の空の色、反抗期の日々、文化祭の朗読、東京への旅立ち——母の目に映っていた娘の姿が、便箋三枚に静かに綴られています。

本作の特徴は、母の手紙の文面と、さくらの回想が交互に重なり合い、一つの「声」になっていく構成です。手紙に書かれた「笑わないで聞いてね。お母さんの声を、覚えていてほしいんです」という一節が、朗読台本という形式そのものと呼応する仕掛けになっています。声に出して読むこと自体が、母の願いを叶える行為になるという、この作品ならではの深みがあります。

朗読の際は、手紙の朗読パートはやわらかく温かい声で、さくらの回想パートは少し感情を堪えるような声で読み分けてください。泣くことを目的にするのではなく、母と娘の間に流れる時間そのものを声に乗せるような読み方が、この作品の本質に近づきます。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

冒頭の「封筒は、古い木の引き出しの奥にあった」は、静かで落ち着いた声から始めてください。さくらの地の文は感情を抑えた大人の女性の語り口で、母の手紙部分は少し高めの、温かみのある声で読み分けます。手紙の中の母は「ですます調」で語りかけてくるので、その丁寧さを声に反映させてください。

② 緩急のつけ方

回想の前半はテンポよく進め、手紙を開く「日付は、母が入院して二度目の手術を受けた直後の日付だった」の場面で明確に間を取ってください。手紙を読み進めるにつれ速度を落とし、「自分を、大切にしてあげてください」は一語ずつ、手渡すように読むと母の願いの重さが伝わります。

③ 感情表現のコツ

「三年ぶりに、わたしは声を上げて泣いていた」は、実際に嗚咽を入れるのではなく、声が不安定になる程度の表現に留めてください。手紙の最終段落「さくら、あなたのことが大好きでした」は、読み手自身が母になったつもりで、愛情を一文字ずつ込めてゆっくりと。

④ ラストの処理

「声は、消えない。愛された記憶は、消えない」は、涙が乾いたあとの静かな確信として、落ち着いた声で読んでください。最後の「それだけが、この夜に確かなことだった」は、声量を落としつつ明瞭に、余韻を残して終えます。読了後は4秒の沈黙を。

── 台本本文 ──

封筒は、古い木の引き出しの奥にあった。

薄い茶色の、どこにでもあるような封筒。でも宛名の文字を見た瞬間、わたしの指先が止まった。

「さくらへ」

母の字だった。あの、少し右に傾いた、やわらかい筆跡。もう二度と増えることのない、この世に残された母の痕跡のひとつ。

母が逝って、三年が経つ。

最初の一年は、泣くことすら忘れていた。葬儀の手配、相続の手続き、実家の片付け。やることが多すぎて、悲しむ暇もなかった。二年目は、ふとした瞬間に涙が出た。スーパーの野菜売り場で、母がよく作ってくれた煮物の具材が目に入ったとき。テレビで、母が好きだったドラマの再放送が流れていたとき。三年目の今は——泣くことも少なくなった。それが、寂しいような、少し後ろめたいような気がしていた。

引き出しを開けたのは、偶然だった。実家の建て替えを前に、父と一緒に荷物を整理していた。もう使わないだろうと思っていた古いタンスの、一番下の引き出し。そこに、その封筒はあった。

わたしはしばらく、封筒を手に持ったまま立っていた。開けていいのか、わからなかった。いや、正確には——開けるのが、怖かった。

母の言葉が、また届く。もう会えないのに、また声が聞こえてくる。それが、嬉しくて、そして怖かった。

父を呼ぼうかとも思った。でも、宛名は「さくらへ」。わたしの名前だけが、そこにあった。

居間に移り、ソファに座って、封筒をそっと開けた。中には、便箋が三枚。母の字で、びっしりと埋まっていた。

日付は、母が入院して二度目の手術を受けた直後の日付だった。あのころ、もう長くないと医師から告げられていたことを、わたしは後から知った。母は、わたしたちには何も言わなかった。ただ、「大丈夫、大丈夫」と笑っていた。

手紙を、読み始めた。

「さくらへ。これを読んでいるということは、もうお母さんはいないんだね。驚かせてごめんね。でも、どうしても伝えておきたいことがあって、書くことにしました」

文字を目で追いながら、胸の奥で何かがほどけていくのがわかった。

「さくらが生まれた日のことを、今でもはっきり覚えています。朝の五時二十分。病院の窓から、ちょうど夜明けの空が見えたの。ピンクと紫が混ざったような、きれいな空。あの色を見た瞬間、この子に『さくら』という名前をつけようと思った。お父さんには後から相談したけど、心の中では、もうそのとき決めていました」

わたしは知らなかった。名前の由来を聞いたことは何度もあったけど、母はいつも「春生まれだからよ」とだけ言っていた。夜明けの空のことは、一度も話してくれなかった。

「小さいころのさくらは、本当によく泣く子でした。転んでも泣く、おなかが空いても泣く、眠くても泣く。でも、わたしはそのたびに思っていたの。この子は、自分の気持ちをちゃんと外に出せる子だって。それって、とても大事なことだから」

泣き虫だったことは、自分でも覚えている。小学校に上がってから、クラスの男の子に「泣き虫さくらちゃん」とからかわれて、それからは泣くのを我慢するようになった。泣くのは恥ずかしいことだと、ずっと思っていた。

でも母は、そう思っていなかったんだ。

「中学生になったさくらは、急に口数が少なくなりました。反抗期ってやつですね。ご飯を作っても『別にいい』って言われたり、出かけようと誘っても『友達と行く』って断られたり。正直、寂しかったです。でも同時に、ちゃんと自分の世界を広げているんだなって、誇らしくもありました。親って、勝手ですね」

読みながら、あのころの自分が浮かんだ。母のことが鬱陶しくて、なのに母のご飯だけが食べたくて、でもそれを素直に言えなくて。ある夜、母が作った肉じゃがを一口食べて、「おいしい」って言いそうになって、でも言えなくて、黙って全部食べた。あのときの母の顔を、今でも覚えている。何も言わずに、ただ少し嬉しそうに笑っていた。

「高校の文化祭で、さくらが朗読をするって聞いたとき、わたしは内緒でビデオカメラを借りてきました。お父さんには仕事があって来られなかったから、ふたりで後で見ようと思って。あの日、舞台に立ったさくらの顔を見たとき——お母さん、泣いてしまいました。泣き虫なのは、さくらだけじゃなかったみたいです」

高校の文化祭。国語の先生に薦められて、気が乗らないまま参加した朗読の発表会。練習のとき、うまく感情が乗せられなくて、何度もやり直した。本番の前日も眠れなくて、当日は足が震えていた。

あのビデオ、今も実家のどこかにあるのだろうか。荷物の整理を続けていたら、見つかるかもしれない。今夜、父に聞いてみようと思った。

「大学を選ぶとき、さくらは迷っていたね。東京の大学か、地元の大学か。わたしは、さくらが決めたことならどちらでも応援すると言ったけれど——本当は、少し寂しかった。東京に行くって決めたと聞いたとき、笑顔で『よかった』って言ったけど、その夜、少し泣きました。ごめんね、こんなことを今更言って」

胸が、痛かった。

わたしは東京に出て、そのまま就職して、忙しさを言い訳にして、帰省の回数が減った。年に二回が一回になり、それが隔年になりかけたころ、母の入院の知らせが届いた。

もっと早く帰ればよかった。もっと電話すればよかった。その後悔は、三年経った今も消えていない。

「でもね、さくら。お母さんはね、後悔していないんです。あなたが選んだ道を、一度も間違いだと思ったことはない。遠くにいても、元気でいてくれるだけで、それだけで十分でした。親って、本当に勝手ですね。行かないでほしくて、でも幸せでいてほしい。相反することを、同時に願っている」

便箋の二枚目に移ったころ、気づいたら頬が濡れていた。

三年ぶりに、わたしは声を上げて泣いていた。

「さくらが結婚すると聞いたとき、わたしが一番最初に思ったことを教えましょうか。『もう少し、一緒にいたかったな』でした。おかしいでしょう。嬉しいはずなのに。でも本当に、そう思ってしまったの。次の瞬間には、もちろん心から喜んだけれど。あの子を選んでくれた人に、ありがとうって思った」

夫のことを、母は気に入っていた。几帳面で、少し不器用で、でも誠実な人だと言っていた。お正月に実家に連れていったとき、母と夫がふたりで台所に立って、なぜか餃子を一緒に作っていた。あの光景が、なんだかおかしくて、嬉しくて。

夫は今夜、出張で不在だった。帰ってきたら、この手紙のことを話そうと思った。きっと夫は、黙って最後まで聞いてくれるだろう。それから少し間を置いて、「いいお母さんだったんだね」と言うだろう。夫の言葉はいつも、飾らなくてシンプルで、だからこそ深いところに届く。

「最後に、ひとつだけお願いがあります。笑わないで聞いてね。お母さんの声を、覚えていてほしいんです。どんな声だったか、どんなふうに笑ったか、怒ったときどんな顔をしたか。忘れないでいてほしい。人って、時間が経つと忘れてしまうから。忘れることは悪いことじゃないけれど、でも——お母さんのことは、少しでいいから、覚えていてほしい」

わたしは手紙を胸に押し当てた。

覚えている。覚えている、お母さん。

朝ごはんのとき、鼻歌を歌いながら味噌汁をよそっていた声。わたしが落ち込んでいるとき、何も言わずに隣に座って、ただ背中をさすってくれた手のぬくもり。怒るとき、名前をフルネームで呼ぶ癖。「三浦さくら!」って言われるたびに、おかしくて笑ってしまっていた。

覚えている。全部、覚えている。

誕生日に必ず届いた絵葉書のこと。どこで買っているのか不思議なほど、いつも季節の花が描かれた葉書で、裏にはたった三行だけ、言葉が書いてあった。「元気ですか。お母さんは元気です。あなたのことを思っています」。シンプルで、飾り気がなくて、でも毎年その三行を読むたびに、わたしは必ず泣いた。

去年の誕生日は、葉書が来なかった。

当たり前だと、わかっていた。わかっていたけれど、郵便受けを開けるたびにどこかで期待していた自分に、気づいていた。

「長い手紙になってしまいました。最後まで読んでくれてありがとう。さくら、あなたのことが大好きでした。大好きで、誇りで、わたしの宝物でした。どうか元気でいてください。泣きたいときは泣いて、笑いたいときは笑って、あなたらしく生きていってください。お母さんは、どこかで、ずっと見ていますから。——お母さんより」

便箋を折りたたんで、封筒に戻した。

外は、いつの間にか暗くなっていた。父が夕飯を呼びに来るかもしれない。でも、もう少しだけ、このままでいたかった。

台所から、包丁の音がした。父が夕飯の支度を始めたのだろう。父はあまり料理が得意ではないけれど、母が逝ってからは毎日自分で作っている。最初はひどかったと笑っていたが、最近は「だいぶ上手くなった」と少し誇らしげに言っていた。母が台所に立つ姿を、ずっと横で見ていたからかもしれない。

愛されていたのは、わたしだけじゃなかった。この家全体が、母に愛されていた。

母の声が、聞こえる気がした。

あの、少しかすれた、やわらかい声。鼻歌の声。笑う声。「さくら」と呼ぶ声。

消えていない。ちゃんと、ここにある。

わたしは封筒をそっと、自分のかばんにしまった。実家には置いていかない。これは、持って帰る。夫に読んでもらう。そしていつか——まだ見ぬ、誰かに。

声は、消えない。

愛された記憶は、消えない。

それだけが、この夜に確かなことだった。

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