📖 この台本について
⏱ 読了時間:約10分(約3000字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:日常・ほっこり
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
古いアパートの一室で、深夜のラジオを聴きながら過ごす女性のひとときを描いた日常朗読台本です。誰かに話しかけるでもなく、ただ部屋の空気と、電波越しに届く誰かの声と、湯気の立つマグカップに寄り添う十分間。特別な事件は起きません。けれど、聴き終えたあとに「自分の夜もこんなふうだったかもしれない」と思えるような、そんな静かな物語です。
この作品の特徴は、「ひとりでいることの寂しさ」ではなく「ひとりでいることの心地よさ」を描いている点です。雨音、やかんの音、ラジオから流れる知らない誰かの便り。生活音の小さなディテールを丁寧に積み重ねることで、リスナーの耳に「自分だけの夜の時間」を呼び起こします。
朗読は、抑えた語りで構いません。誰かに聞かせるというより、自分の中でつぶやくような、独り言に近い穏やかなトーンがこの作品には合います。声を張らず、ゆっくりと、湯気をふぅっと吹くくらいの距離感で読んでいただけると、世界観がより深まります。
① 語りのトーン 全体を通して、抑えた囁き声に近いトーンで読むのがおすすめです。語尾を強く切らず、息を残すように。たとえば「雨は、まだ降っている。」のような短い一文でも、最後の「いる」に少し息をのせて余白を残すと、夜の静けさが伝わります。誰かに語りかけるのではなく、自分の中でつぶやくような距離感を意識してください。 ② 緩急のつけ方 ラジオから流れるお便りを引用する場面、たとえば「今日は娘の誕生日でした。」のような行は、本人の地の文よりほんの少しだけ温度を上げて読むと、声の中に「もう一人」の存在が立ち上がります。逆に「マグカップが、少しだけ冷めていた。」のような描写は、ぐっと声を落として、間を一拍長めに取ってください。 ③ 感情表現のコツ この作品にクライマックスらしいクライマックスはありません。だからこそ、淡々と読み続けるなかに、ほんのわずかな感情の揺らぎを忍ばせるのが鍵です。ラジオのパーソナリティが「おやすみなさい」と告げる瞬間、ほんの少しだけ声が緩む。そのくらいの繊細さで十分です。 ④ ラストの処理 最後の一文は、読み終えたあとに3秒ほど無音を残してください。フェードアウトするように声を小さく、けれど消え入るほどではなく。聴き終えた人が、自分の部屋の音に耳を澄ましたくなる──そんな余韻を目指してください。▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
── 台本本文 ──
雨は、まだ降っている。
窓の外、街灯の光に細い線が無数に走っているのが見える。傘をさす人ももう通らない時間だ。時計の針はそろそろ十一時を指そうとしている。
わたしは台所に立って、やかんを火にかけた。古いガスコンロは、点火するときにいつも小さく咳き込むような音を立てる。青い炎がふっと立ち上がって、銀色の底を舐めるように広がっていく。
ラジオは、つけっぱなしにしてある。
『──こんばんは。今夜もこの時間がやってまいりました』
聞き慣れた声が、部屋のすみずみまでゆっくりと広がっていく。何年聴いているのか、もう自分でもわからない。引っ越しても、職場が変わっても、この番組だけはずっと聴いている。それは習慣というより、もう生活の一部だった。
マグカップを棚から取り出す。縁が少し欠けた、紺色の大きなカップ。学生のころに雑貨屋で買ったものだ。もう十年以上使っている。インスタントの紅茶のティーバッグを落として、お湯が沸くのを待つ。
『今夜の最初のお便りは、東京都にお住まいの方から』
パーソナリティの声が、少しだけ柔らかくなる。お便りを読むときの、あの独特の温度。
『──今日は、娘の誕生日でした。十八歳になりました。家を出てもう二年。一緒に暮らしていたころは毎年ケーキを買って、写真を撮って、それが当たり前だと思っていました。今夜は一人で、コンビニのプリンに小さなろうそくを立てて、火をつけて、消しました。誰にも見られない誕生日でした。けれど、不思議と寂しくはなかったんです』
やかんが、しゅうしゅうと鳴り始める。
わたしは火を止めて、お湯をマグカップに注いだ。湯気が、ふわっと顔に当たる。眼鏡が一瞬だけ曇って、すぐに晴れた。
『──娘がどこかで元気に過ごしていれば、それでいい。離れていても、同じ夜を過ごしているなら、それでいい。そう思えるようになりました。誰かに自慢したいわけでも、慰めてほしいわけでもないのですが、なんだか、誰かに話したくなって、書いてしまいました』
パーソナリティが、少し笑った。やわらかい、息のような笑い方だった。
『素敵なお便り、ありがとうございました。きっと、娘さんもどこかで、お母さんのことを思っていますよ』
わたしはマグカップを両手で包んで、窓辺の椅子に腰を下ろした。冷たいガラスに頬を寄せると、外の雨の匂いが、ほんの少しだけ部屋に染み込んでくる気がする。
誰にも見られない誕生日。
その言葉が、耳の奥で何度かこだました。
わたしにも、そういう日がある。お正月も、自分の誕生日も、もう何年も一人で過ごしている。それが寂しいかと聞かれたら、たぶん、昔は寂しかった。けれど今は、よくわからない。
『──次のお便りは、北海道にお住まいの方から』
『今夜、初めてお便りを書きます。実は、長く飼っていた猫が先月亡くなりました。十六年、一緒にいました』
わたしは紅茶を一口、すする。少し熱い。舌の先がじんと痺れて、すぐに馴染んでいく。
『家に帰っても、もう玄関で迎えてくれる子はいません。最初の一週間は、何度も名前を呼んでしまいました。返事がないのはわかっているのに、習慣というのは、そう簡単には消えないものですね』
『でも昨日、不思議なことがありました。仕事から帰ってきて、いつものようにため息をついて、部屋の電気をつけたとき──カーテンの向こうで、ふわっと、何かが動いた気がしたんです』
『たぶん、風だったんでしょう。窓は閉まっていましたけれど。でもわたしは、その瞬間、ああ、まだここにいてくれているんだなと、そう思ってしまいました。思いたかっただけかもしれません。それでもいいんです。そう思えた夜があったということが、わたしにはとても大切なんです』
パーソナリティは、しばらく何も言わなかった。
沈黙が三秒ほど続いて、それから、静かに息を吐く音がした。
『──いてくれていますよ、きっと』
その短い一言が、なぜだか胸の真ん中にすとんと落ちてきた。
マグカップが、少しだけ冷めていた。
窓の外の雨は、まだ止まない。けれどさっきよりは弱くなって、街灯のまわりの細い線が、糸のようにほどけていくのが見える。
わたしは思い出していた。
子どものころ、母がよく台所でラジオを聴いていたこと。夕飯を作る包丁の音と、知らないパーソナリティの声と、換気扇のうなりが、いつも台所に重なっていたこと。あのころは早く大人になって、こんな台所から離れたいと思っていた。
今、自分の台所で、自分のラジオを聴いている。母とは違う声、違う番組。それでも、似ている、と思った。
『──さて、今夜の最後のお便りです』
パーソナリティの声に、ほんの少し、終わりの気配がにじむ。
『京都にお住まいの方から。「いつも聴いています。特に書きたいことはありません。ただ、今夜もちゃんと布団に入れたという報告がしたかっただけです。それでは、おやすみなさい」』
パーソナリティが、ふっと笑った。
『……はい。報告、確かに受け取りました。今夜もちゃんと、布団に入れましたね。それだけで、今日はもう、十分です』
わたしは目を閉じた。
知らない誰かが、今夜、布団に入る。知らない誰かが、コンビニのプリンに火を灯す。知らない誰かが、いなくなった猫の気配を感じている。
そして、わたしも、ここにいる。
顔も名前も知らない人たちと、同じ夜を、同じラジオの音で過ごしている。それはとても遠いことのようでいて、ふしぎなくらい、近い。
『それでは、また明日の夜にお会いしましょう。おやすみなさい』
番組の終わりを告げる、いつもの音楽が流れ始める。低くて、ゆったりとしたピアノの旋律。わたしはマグカップを両手で包んだまま、しばらくその音に身をゆだねていた。
音楽が終わって、ラジオは次の番組に切り替わった。聞き慣れない、明るい声。わたしは手を伸ばして、つまみを回し、電源を切った。
部屋に、雨の音だけが残った。
マグカップの中の紅茶は、もう、ほとんど冷めていた。
それでも、わたしはもう一口、それを飲んだ。
おやすみなさい、と、誰にともなくつぶやいて、立ち上がる。
明かりを消すと、窓の外の街灯の光が、ふっと部屋の輪郭を浮かび上がらせた。雨はまだ、しずかに降り続けている。
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