📖 この台本について
⏱ 読了時間:約5分(1500字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:日常・ほっこり
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
雨上がりのバス停で、見知らぬおばあさんと相席することになった主人公。たった数分間の何気ないやりとりが、急いでばかりだった日々の中に、ふっと小さな灯りをともしていく――そんな静かな日常の一場面を描いた作品です。
この台本の特徴は、派手な出来事が何ひとつ起こらないことにあります。ただ雨が止み、バスを待ち、少し言葉を交わす。それだけのことが、なぜか胸に残る。誰の毎日にもある「通り過ぎてしまいそうな一瞬」を、丁寧にすくい上げた一編です。
朗読する際は、穏やかで少し低めのトーンがよく合います。湿った空気や夕方の光を声にのせるように、ゆったりと間をとりながら語ってみてください。
▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
全体を通して、雨上がりの湿った空気感を意識した穏やかなトーンで読むのが効果的です。声を張らず、半歩引いた位置から情景を眺めているような落ち着きを保ってください。冒頭の「雨が、ようやく止んだ。」は、安堵を含ませながらも淡々と。
② 緩急のつけ方
おばあさんとの会話シーン「すみません、ここ、座ってもいいかしら」のあたりは、ほんの少し声を明るくし、テンポも自然に。逆に、主人公が空を見上げて思いを巡らせる地の文では、声を落とし、間をたっぷりと取ってください。
③ 感情表現のコツ
「ありがとうね、お嬢さん」というセリフは、感謝を強調しすぎず、囁くように柔らかく。主人公の心が動く瞬間は、説明的に読むのではなく、ふと息を漏らすような呼吸で表現すると、聴き手の胸にも自然と届きます。
④ ラストの処理
最後の一文は、急がず、語尾をそっと置くように。読み終えたあとも数秒、余韻のための沈黙をつくると、作品全体の静けさが完成します。
── 台本本文 ──
雨が、ようやく止んだ。
傘の柄を握る手をゆるめて、私はバス停のベンチに腰を下ろした。屋根のへりから、まだぽつ、ぽつと雫が落ちてくる。アスファルトに広がった水たまりに、夕方の空がうつっていた。少し青くて、少し橙色の、不思議な色をした空だった。
仕事帰りの足が重い。今日も一日、思うようにいかなかった。資料の差し戻し、長引いた会議、間に合わなかった電車。ため息が、勝手に口からこぼれる。
「すみません、ここ、座ってもいいかしら」
声に振り向くと、小柄なおばあさんが立っていた。淡い水色のカーディガンに、小さな花柄のスカーフ。手には、つやのある赤いりんごが二つ、透明な袋の中で揺れていた。
「あ、はい、どうぞ」
ベンチの端に少し詰めると、おばあさんは「よっこらしょ」と腰を下ろした。膝の上にりんごの袋をのせて、ふう、と息をつく。それから、私の方を見ずに、空に向かって言った。
「やっと止んでくれましたねえ、雨」
「……そうですね」
少し迷ってから、私はそう答えた。普段なら、こんなふうに知らない人と言葉を交わすことはない。スマートフォンに目を落として、バスが来るまでの数分をやり過ごすのが、いつもの私だった。
けれど、今日はなんだか、画面を見る気になれなかった。
「あのね、雨上がりの空って、わたし好きなんですよ」
おばあさんはそう言って、目を細めた。
「洗ったあとみたいで、きれいでしょう。雲がちぎれて、向こうの光がのぞいて。あれを見ると、ああ、今日もまあまあだったかな、って思えるの」
私はもう一度、空を見上げた。
言われてみれば、たしかにきれいだった。さっきまで重たく垂れ込めていた灰色は、いつのまにか薄くほどけて、やわらかな桃色がにじんでいる。雲のすき間から、まっすぐな光がひとすじ、地面に向かって落ちていた。
「……ほんとうだ」
思わず、声に出ていた。
おばあさんは、ふふ、と笑った。それから、袋のりんごを一つ取り出して、私の方に差し出した。
「よかったら、ひとつどうぞ。さっき、八百屋さんで安かったから、つい買いすぎちゃって」
「え、いえ、そんな」
「いいのいいの。お裾分け。雨が止んだお祝いってことで」
断る間もなく、ひんやりとしたりんごが手のひらにのせられた。思っていたより、ずっしりと重い。赤い皮に、街灯の光が小さく映りこんでいた。
遠くから、バスのエンジン音が聞こえてきた。
おばあさんは「あら、来た来た」と言いながら、ゆっくりと立ち上がった。私の方を振り返って、もう一度、やさしく目を細める。
「ありがとうね、お嬢さん。ちょっと話せて、楽しかった」
「こちらこそ……ありがとうございます」
バスが停まり、扉が開く。おばあさんは小さく手を振って、ステップをのぼっていった。私は、バスを見送ったあとも、しばらくベンチに座っていた。
手の中のりんごは、まだ少し冷たかった。
明日もきっと、思うようにいかない一日になる。会議は長引くし、電車にも遅れるかもしれない。それでも――と、私は空を見上げる。
雲のすき間の光は、さっきより少しだけ広がっていた。
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