【フリー朗読台本】一拍、遅れて|約5分・1人用|囁き演技でじわ怖を演じたい人へ|声の書庫

ホラー/怪談

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約5分(約1,475字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ホラー/怪談
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について

ひとり暮らしの部屋で、語り手は奇妙なことに気づきます。壁に映る自分の影が、自分より「ほんの一拍」遅れて動くのです。最初は目の錯覚だと思っていた小さなずれは、夜を重ねるごとに少しずつ大きくなり、やがて笑い飛ばせないものへと変わっていきます。声を荒げる恐怖ではなく、日常のすぐ隣にある違和感がじわじわと膨らんでいく、静かな怪談です。

この作品の特徴は、「影」という誰の身近にもあるものだけで恐怖を組み立てている点にあります。血も化け物も登場しません。だからこそ、聴き手は読み終えたあと、自分の部屋の壁に映る影を、つい確かめたくなります。ずれが「まばたきひとつ分」から少しずつ伸びていく描写を、どこまで丁寧に積み重ねられるかが読みどころです。

朗読する際は、終始おさえたトーンで淡々と語るのが効果的です。語り手は怖がりながらも、それを必死に「気のせい」だと押し込めようとしています。その抑制が崩れる瞬間を、声の張りではなく「間」で表現すると、ラストの一行がより深く響きます。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

全体を通して、抑えた低めの声で、淡々と語ってください。語り手は恐怖を感じながらも、それを「たいしたことではない」と打ち消そうとしています。冒頭の「誰かに話せば、きっと、笑われて終わりだろう」は、本当に笑っているのではなく、自分を落ち着かせるための独り言として、少し乾いた口調で読むと雰囲気が出ます。

② 緩急のつけ方

「私の影が、私より、ほんの一拍、遅れて動く。」の一文は、前後にしっかり間を取り、ここだけゆっくりと置くように読んでください。逆に「ふたつ分になり、みっつ分になり。」は、少しずつテンポを上げ、不安が加速していく感覚を出すと効果的です。

③ 感情表現のコツ

「もう、寝るね」のセリフは、誰かに語りかけるというより、暗がりへ確認するように、かすかに震わせて。直後の「影は、一拍おいてから、口のあたりを、かすかに、動かした。」は、声を落とし、囁くように。ここで聴き手の背筋を冷やします。

④ ラストの処理

「ふとんを、そっと、めくる音がした。」のあと、たっぷり一拍空けてください。最後の「私は、まだ、指の先ひとつ、動かしていない。」は、感情を込めすぎず、凍りついたまま言い切ると、余韻が長く残ります。


台本本文

電気のスイッチを、ぱちん、と入れる。玄関の天井で、古い電球が、じりっと灯った。私の影が、足もとから壁へ、ぬっと伸びていく。それを見て、私は、ほんの少しだけ、立ち止まった。

最近、気になっていることがある。たいしたことではない。誰かに話せば、きっと、笑われて終わりだろう。気のせいだよ、と。でも、もう、毎晩のことだから。だんだん、笑えなくなってきた。

私の影が、私より、ほんの一拍、遅れて動く。

たとえば、私が、右手を上げる。影は、すぐには上げない。ひとつ、息を吸うくらいの間をおいてから、ゆっくりと、同じ手を上げる。私が手を下ろしても、影は、まだ、上げたままでいることがある。鏡なら、こんなことは起きない。鏡の中の自分は、寸分たがわず、同じ瞬間に動く。けれど、壁に映ったこの影は、いつも、少しだけ、遅れるのだ。

はじめて気づいたのは、ひと月ほど前だった。仕事から帰って、玄関で、靴を脱ぐ。顔を上げると、壁の影は、まだ、靴を脱いでいる途中だった。私は、もう、立ち上がっているのに。前かがみになった黒い影だけが、いつまでも、足もとで、もたついていた。そのときは、目の錯覚だと思った。疲れているんだ、長く残業した日だったから、と、自分に言い聞かせて、その日は、すぐに眠った。

でも、次の日も、その次の日も、影は、遅れた。そして、その「遅れ」が、少しずつ、長くなっていった。はじめは、まばたき、ひとつ分。それが、ふたつ分になり、みっつ分になり。気がつけば、私が動きを止めても、影は、しばらく、ひとりでに、もぞもぞと、動き続けているようになっていた。

ゆうべは、私が廊下を歩いて、洗面所の前で立ち止まったとき。影は、まだ、廊下を歩いていた。とん、とん、と、壁の上を、私のいる場所まで、ゆっくり、追いついてきた。そして、私の足もとで、ぴたりと、止まった。壁の上の、黒いかたまりが、私の足の先に、すっと、重なる。まるで、「やっと追いついた」とでも、言うように。背中が、すうっと、冷たくなった。

私は、こわくなって、それから、影を見ないようにした。うつむいて歩く。電気は、できるだけ点けない。暗ければ、影は、できないから。

けれど、今夜は、点けてしまった。うっかり、いつもの癖で、ぱちん、と。

そして今、私は、玄関に立っている。明るい光の下で。壁には、くっきりと、私の影。さっき手を上げたぶんが、ようやく、たった今、上がりきったところだ。ずいぶん、長く、待たされた気がした。

私は、ためしに、声に出してみる。「……ねえ」かすれた、小さな声だった。影は、答えない。当たり前だ。影が、しゃべるわけがない。そう思いながら、私は、もう一度、ゆっくりと、口を動かしてみる。「もう、寝るね」

影は、一拍おいてから、口のあたりを、かすかに、動かした。私が、もう、口を閉じてしまった、そのあとで。

私は、息を止めた。影が、私より遅れて動くということは。いつか、その遅れが、ぐるりと一周して。影が、私を、追い越してしまったら。その先のことは、考えたくなかった。

私は、ふるえる指で、スイッチに手をのばした。電気を消した。影は、消えた。よかった、と、思った。布団に入る。目を閉じる。真っ暗な部屋。影なんて、どこにもない。光がなければ、影は、生まれない。だから、大丈夫。何度も、そう、自分に言い聞かせた。

そのはずなのに。

布団のなかで、私は、まだ、じっと、目を閉じている。動いてなんか、いない。なのに、すぐ横で。ふとんを、そっと、めくる音がした。私より、ほんの一拍、遅れて。

私は、まだ、指の先ひとつ、動かしていない。

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