📖 この台本について
⏱ 読了時間:約12分(3,468字)
👤 登場人物:男性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ホラー・怪談
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
一人暮らしのマンションで、毎晩三時にインターホンが鳴る。けれどカメラには誰も映らない。日常のすぐそばに口を開ける、静かで逃げ場のない恐怖を描いたホラー朗読台本です。
この作品の読みどころは、「音の発生源が、夜ごとに少しずつ室内へ近づいてくる」構成にあります。派手な登場も直接的な脅かしもなく、じわじわと距離を詰められていく感覚だけが、聴き手の不安を積み上げていきます。
朗読する際は、抑えた低いトーンを基調にしてください。感情を爆発させる場面はほとんどなく、淡々と事実を積み重ねるように語ることで、静かな恐怖が際立ちます。
▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
① 語りのトーン
全体を通して、抑えた低めの声で淡々と語ってください。「気のせいだ」と自分に言い聞かせる場面も、大げさに動揺せず、むしろ平静を装おうとする空気を意識すると効果的です。
② 緩急のつけ方
「防犯カメラには異常が見つかりません」の一文は、機械的に、感情を込めずに読んでください。逆にラスト付近「すぐ、耳のそばで聞こえた。」は、極端に声を落とし、間を長く取ってください。
③ 感情表現のコツ
音の位置が近づいていく描写は、回を追うごとにわずかに緊張感を増していくよう、声のトーンを少しずつ張り詰めさせるのがコツです。
④ ラストの処理
最終段落は、答えを明かさず、余韻を残すように静かに、少し不安げなトーンで締めくくってください。
台本
夜中の三時に、インターホンが鳴るようになったのは、先月の終わりごろからだった。
一人暮らしのマンションで、来客なんてまずない。最初にチャイムが鳴ったとき、私は寝ぼけたまま画面を確認した。玄関先のカメラには、誰も映っていなかった。廊下の照明だけが、いつも通り白く光っているだけだった。
「いたずらか」
そう呟いて、私は布団に戻った。都会の集合住宅では珍しくないと聞いたことがある。誰かが酔っ払って間違えて押したのだろう、と自分を納得させた。翌朝には、そのことはすっかり忘れていた。
けれど、次の夜も同じ時刻にチャイムが鳴った。画面には、やはり誰もいない。三日目、四日目と続くうちに、私はさすがに気味が悪くなり、管理会社に連絡を入れた。
「防犯カメラの映像を確認しましたが、該当の時刻に廊下を通った人物は確認できませんでした」
電話口の担当者は、事務的にそう答えた。誰も通っていないのに、チャイムだけが鳴る。機械の故障だろうという結論で、その日は電話を切った。
念のため、同じ階に住む隣人にも聞いてみることにした。廊下で顔を合わせたとき、それとなく話を切り出すと、隣人は少し表情を曇らせた。
「うちは聞こえないけど……前にこの部屋に住んでた人、たしか急に引っ越していったって、大家さんが言ってたよ」
理由までは知らない、と隣人は付け加えた。ただの噂かもしれない。そう思いながらも、その一言は、妙に胸の奥に引っかかった。
それから数日、チャイムは鳴らなかった。安心しかけていた矢先、また同じ時刻に、あの音が響いた。
画面を確認すると、今度は少しだけ違っていた。カメラの端、ほんのわずかに、何かの影のようなものが映り込んでいる。人の形をしているようにも見えたが、輪郭がぼやけていて、はっきりとは分からなかった。
「気のせいだ」
そう自分に言い聞かせながらも、その夜はなかなか寝つけなかった。天井を見つめながら、隣人の言葉を何度も思い返していた。前に住んでいた人は、なぜ急に引っ越していったのだろう。
翌日、念のため、玄関の防犯カメラの映像を録画する設定にした。もし誰かが本当にいるなら、証拠が残るはずだ。そう考えたのは、間違いではなかったと思う。ただ、期待していたものとは、まったく違う結果になった。
その夜も、三時ちょうどにチャイムが鳴った。録画された映像を確認すると、やはりカメラには誰も映っていない。ただ、音声だけが、はっきりと記録されていた。
チャイムの音のあと、かすかに、ドアをこするような音が続いていた。まるで、誰かが指先でドアの表面をなぞっているような、乾いた音だった。何度も同じ場所を、確かめるように、ゆっくりと。
その日を境に、私は玄関に近づくのが怖くなった。仕事から帰るときも、なるべく足早にドアを開け、すぐに鍵をかけるようになった。玄関に置いていた靴も、いつの間にか向きが変わっていることに気づいたが、それが自分でやったことなのか、そうでないのか、もう自信が持てなかった。エレベーターを降りてから自室のドアまでの短い距離さえ、いつからか、ひどく長く感じられるようになっていた。
友人にこの話をしたこともあった。「引っ越したほうがいいんじゃない」と、笑い交じりに言われた。冗談として受け取られていることは分かっていたが、私自身、笑って済ませられるような気分では、もうなかった。夜が近づくたびに、胸の奥が重くなっていくのを感じていた。
録音した音声を、何度も繰り返し聞き返した。最初は気づかなかったが、注意深く耳を澄ませると、ドアをこする音の合間に、ごくかすかな息づかいのようなものが混じっているように思えた。空調の音かもしれない、と自分に言い聞かせてみても、一度気づいてしまうと、それ以外の音には聞こえなくなってしまった。
ある晩、いつものように三時にチャイムが鳴った。半分眠ったまま、私は反射的に画面を見た。誰もいない廊下。けれど、今度は違和感があった。
音が、いつもより近い気がした。
そう思った瞬間、部屋の中で、かすかな物音がした。振り返ると、リビングのドアが、わずかに開いていた。私は確かに、寝る前に閉めたはずだった。
「気のせいだ、気のせいだ」
自分にそう言い聞かせながら、恐る恐るリビングに向かった。部屋の中には、誰もいなかった。ただ、テーブルの上に置いていたはずのマグカップが、床に落ちて割れていた。
その夜以来、チャイムの音は、玄関からではなく、部屋の奥から聞こえるようになった。
寝室で横になっていると、リビングの方から、あの乾いた音が聞こえてくる。ドアをこするような、指先で何かをなぞるような音。玄関のインターホンとは、明らかに違う響きだった。
音の位置は、日を追うごとに、少しずつ変わっていった。最初はリビングのドアの向こう。次の夜は、廊下の真ん中あたり。さらにその次の夜には、寝室のドアのすぐ外にまで近づいていた。まるで、少しずつ距離を詰められているような気がしてならなかった。
管理会社にもう一度連絡したが、対応できることは何もないと言われた。「防犯カメラには異常が見つかりません」。その言葉を聞くたびに、私は自分の感覚を疑いそうになった。もしかしたら、心療内科にでも相談すべきなのかもしれない。そう考えたことも、一度や二度ではなかった。
それでも、録音した音声だけは、確かに残っていた。誰かに聞かせれば、気のせいではないと証明できるはずだった。けれど、その音声を人に聞かせる勇気は、なぜか湧いてこなかった。聞かせてしまえば、この出来事が現実になってしまうような気がしていたからかもしれない。
引っ越しを考え始めたのは、それからすぐのことだった。契約書を引っ張り出し、違約金や次の物件のことを調べながらも、なかなか行動に移せずにいた。日中は普通に仕事へ行き、普通に食事をとる。夜になると、あの音のことを思い出し、また眠れなくなる。そんな日々が、繰り返されていった。
気になって、この部屋に前に住んでいた人のことを、少しだけ調べてみた。不動産情報サイトの過去の履歴を辿ると、半年ほど前まで別の入居者がいたことが分かった。それ以上詳しいことは分からなかったが、隣人の話と合わせて考えると、何か理由があって、急いで出ていった可能性は高いように思えた。
大家に直接尋ねる勇気はなかった。もし本当に何かがあったのだとしても、教えてもらえるとは思えなかったし、教えてもらったところで、状況が変わるわけでもない。ただ、その部屋に、今、自分が住んでいるという事実だけが、重くのしかかってきた。
インターネットで、この地域の古い事件や事故についても調べてみた。目立った情報は見つからなかったが、似たような集合住宅で、原因不明の異音に悩まされたという書き込みを、いくつか見かけた。真偽のほどは分からない。それでも、自分だけが特別なわけではないのかもしれない、という思いが、わずかな慰めになった。同時に、それがどれほど根の深い問題なのかを想像すると、余計に落ち着かなくなった。
けれど、荷物をまとめる時間もないまま、日々は過ぎていった。
昨夜、また三時に、あの音が鳴った。今度は、玄関からでも、リビングからでもなかった。
すぐ、耳のそばで聞こえた。
布団の中で、私は息を殺したまま、身動きひとつ取れなかった。目を開けることさえ、できなかった。指先で何かをなぞる音は、しばらく続いたあと、ふっと止んだ。その静けさが、かえって恐ろしかった。何かが、すぐそばで、こちらの様子をうかがっているような気がしてならなかった。
どれくらいそうしていただろうか。気づけば、カーテンの隙間から、うっすらと朝の光が差し込んでいた。安堵と疲労が同時に押し寄せ、私はようやく布団から起き上がった。
今朝、玄関のドアを開けると、内側のノブに、指の跡のような曇りがついていた。外からではなく、内側に。
しばらく、その曇りを見つめたまま動けなかった。誰かが、外から中に入ろうとしていたのではない。誰かが、内側から、出ようとしていたのだとしたら。
指の跡は、ちょうど大人の手のひらほどの大きさで、ドアの下のほうに集中していた。まるで、床に近い位置から、必死にノブへ手を伸ばそうとしたかのような跡だった。私はしばらく、その場から動くことができなかった。
そう考えたとき、背筋を冷たいものが伝った。私はまだ、この部屋に住み続けている。次に三時のチャイムが鳴るのは、今夜かもしれない。それとも、もう鳴る必要すら、なくなっているのかもしれない。
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