【フリー朗読台本】金曜五時の、半音|8分・1人用|静かな謎解き朗読をしたい人へ|声の書庫

ミステリー・サスペンス

金曜五時の、半音


📖 この台本について
⏱ 読了時間:約8分(約2,400字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ミステリー・サスペンス
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
📋 ご利用規約:こちらをご確認ください

作品について

毎夕五時に町へ流れる、いつものチャイム。その最後の一音だけが、金曜日になるとほんの少し低くなる。小さな違和感を追う防災係の「私」が、退職者のIDが残る放送装置の記録をたどり、ひとりの老人の縁側にたどり着くまでを描いたミステリー・サスペンスです。

派手な事件は起きません。謎の答えが「誰かの優しさ」に着地するところが、この作品の読みどころです。規則を守ることと、目の前の誰かを守ること。その間で揺れる主人公の決断に注目してください。調査、告白、決断、余韻が、八分の中に一本の流れで収まっています。

朗読は、抑えた静かな語りが基本です。謎を追う前半は淡々と、縁側の会話は低く穏やかに、ラストは余韻を残す落ち着いたトーンがよく合います。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

主人公の「私」は、感情を表に出さず事実を確かめていく人物です。前半は、ニュース原稿を読むような落ち着いた声で、淡々と進めてください。「苦情は、たしかに一件もなかった。」のような短い文は、息を詰めず平らに置くと、じわりと不安が育ちます。

② 緩急のつけ方

退職者のIDが生きていると気づく場面は、「背中が冷たくなった。」の直後に半拍の間を取り、声を一段落としてください。久保田さんのセリフは、湯呑みを置くようなゆっくりした速度で、少し低めに読むと、年輪のある人物像になります。

③ 感情表現のコツ

山場は、「今日だけです」と私が指を置く決断の場面です。声を張らず、小さく硬く絞ると覚悟が伝わります。その直後のチャイムの描写は、八つの音を一音ずつ数えるように、丁寧に置いてください。

④ ラストの処理

最後の「やさしく降っている」は、語尾を伸ばさず、息を静かに抜くように読みます。読み終えたあと、二、三秒の沈黙を置くと、余韻がいちばん深く残ります。


台本本文

町の防災無線は、毎日夕方五時ちょうどに、短いチャイムを流す。ゆっくり下がって、最後にふっと上がる、八つの音。市役所の防災係に配属されて三年、私は毎日それを聞いてきた。

十月に入って最初の金曜日、私は思わず手を止めた。最後の一音が、ほんの少し低い。半音、いや、もっと小さな差かもしれない。けれど確かに、いつもの音ではなかった。念のため録音を聞き返したが、結果は同じだった。

「気のせいじゃない?」隣の席の森さんは、書類から顔も上げずに言った。「苦情、来てないでしょ。機械が古いんだよ」

苦情は、たしかに一件もなかった。翌週の金曜日も、その次の金曜日も、最後の音は低いままだった。月曜から木曜は、いつもの音。違うのは、金曜だけだ。

気のせいではない。そう思った私は、昼休みに放送装置の記録を開いてみた。音源データは、四年前の導入から一度も変わっていない。自動放送のログにも、異常はなかった。ところが、操作履歴の片隅に、見慣れない行を見つけた。毎週金曜、午後四時五十八分。「手動試験」。操作したIDは、「kubota」。私は、その行を黙って印刷した。

久保田さんは、去年の春に定年退職した、前任の係長だ。退職した人のIDが、まだ生きている。そう気づいた瞬間、背中が冷たくなった。外から誰かが放送装置に入り込めるということだ。悪意のある人間なら、町じゅうに偽の避難指示を流すことだってできてしまう。

私は、すぐに業者へ電話をかけた。担当者は、少し間を置いてから答えた。「御庁の保守契約では、ID管理は発注者側の責任になります。こちらでは、消せません」つまり、穴をふさげるのは、私たちだけだ。

接続元の記録も確認した。アクセスは、いつも同じ場所からだった。庁内ではない。町の北の外れ、坂の途中にある、ひとつの家。そこまで分かると、不思議と、怖さよりも先に、知りたいという気持ちが勝った。

私は上司に報告する前に、まず本人に会うことにした。四度目の金曜日の午後、記録にあった家を訪ねると、坂の途中の古い家の縁側で、久保田さんは湯呑みを手に、庭を眺めていた。

縁側の机には、カレンダーが置かれていた。九月から、金曜日の欄にだけ、赤い丸が並んでいる。小さく「五時前」と添えてあった。

「来ると思ってたよ」私が口を開く前に、久保田さんは言った。「音、低かっただろう。気づいたのは、君が初めてだ」

「やっぱり、久保田さんだったんですね。退職者のIDが残っているのは、大きな問題です」声が硬くなるのが、自分でもわかった。「どうして、こんなことを」

目の前の老人は、侵入者の顔をしていなかった。ただ、長年この町の音を守ってきた人の、静かな顔をしていた。久保田さんは、湯呑みをそっと置いた。「あの音はね、高いんだよ。ある子には、痛いくらいに」

去年の春、退職の少し前に、役所の窓口へ一人の母親が来た。小学三年生の息子さんは、高い音がどうしても耐えられない。毎夕のチャイムの最後の音で、耳をふさいで、道端にうずくまってしまう。あの音を、どうにか下げてもらえないか、と。

「でも、通らなかった。音源は業者との契約で、変更には予算も審議もいる。前例がない、と言われてね。お母さんは、深く頭を下げて帰っていった。その背中が、どうしても忘れられなくてね」

だから久保田さんは、規則を破った。退職後も消されずに残っていたIDで、毎週金曜日の、五時の少し前にだけ、最後の一音を下げていたのだ。

「九月に、お母さんの仕事が変わってね。ほかの曜日は耳当てをつけて迎えに行くが、金曜だけは、あの子が一人で歩いて帰る。せめて、あの帰り道だけでも、痛くない音にしてやりたくてね」

私は、すぐには答えられなかった。規則は規則だ。不正なアクセスは、不正なアクセスだ。久保田さんも、それを誰より分かっている。守るべきものが二つある。放送への信頼と、あの子の耳。頭の中で、何度も天秤にかけた。

「報告してくれていい」久保田さんは静かに言った。「ただ、IDだけは必ず消しておくれ。あれは、あってはいけない穴だから」そして、ポケットから古い端末を出して、私の前に置いた。「今日は、私は押さない。どうするかは、君が決めなさい」

ちょうどそのとき、坂の下の道を、ランドセルを背負った男の子が、ひとりで歩いてくるのが見えた。ときどき立ち止まっては、空を見上げている。肩のあたりが、少しこわばっていた。

時計は、四時五十八分。私は端末を、見つめた。規則を守れば、あの子は耳をふさいで、うずくまる。守らなければ、私は久保田さんと同じ側に立つことになる。

画面の「手動試験」に、指を置いた。「今日だけです」と、私は言った。「報告書には、このことも、ぜんぶ書きます」久保田さんは、目を細めて、小さくうなずいた。

五時。スピーカーが鳴った。八つの音が、ゆっくり下がって、最後に、ふっと上がる。その最後の音は、半音だけ、低かった。男の子は、耳をふさがなかった。ほんの少し首をかしげて、それから、また歩き出した。

その夜、私は一人で庁舎に戻り、もう一度ログを開いた。金曜日の行は、九月から十行あまり。たった十行の、小さな違反だった。

翌日、私は二通の書類を作った。一通は、退職者IDの削除報告書。もう一通は、チャイムの音域変更を求める、正式な提案書だ。どちらにも、あの金曜日のことを、隠さずに書いた。

「前例がないぞ」森さんが、ため息をついた。「前例は、作ればいいと思います」私が答えると、森さんは書類を一度めくって、それから、静かに判を押した。

三週間後の金曜日。五時のチャイムは、また、最後の音だけが半音低かった。今度は、誰の違反でもない。坂の下で、男の子は、耳をふさがずに、空を見上げていた。町には今日も、小さな一音が、やさしく降っている。

同じジャンルの関連台本

ミステリー・サスペンス系の台本をもっと探したい方は、以下もあわせてご覧ください。

リクエストや感想はお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました