【フリー朗読台本】窓の向こうは、まだ夏|7分・女性1人用|疎遠な幼馴染を想う優しい朗読に|声の書庫

ファンタジー・異世界

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約7分(2,043字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ファンタジー/異世界
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について

引っ越したばかりの部屋の窓に、あるはずのない夏の景色が映り込む。それは、子供の頃に毎年通っていた祖母の家の近くの光景だった。そこに現れたのは、いつしか連絡が途絶えてしまった幼馴染との、忘れかけていた記憶だった。

本作は死別や喪失を描く作品ではなく、疎遠になった関係を静かに結び直す物語です。窓という日常的な存在が異世界への入り口になる、穏やかで優しいファンタジーとしてお楽しみいただけます。

朗読する際は、驚きよりも懐かしさを軸に、抑えたトーンで語り進めることをおすすめします。回想部分はやわらかく、現在との対比を意識すると効果的です。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

全体を通して、驚きよりも懐かしさが前面に出るよう、落ち着いたトーンで語ってください。窓の景色が変わる場面も、恐怖ではなく不思議さとして表現するのがポイントです。

② 緩急のつけ方

「加奈ちゃん、はやく!」の場面は、少し明るく弾むように。一方「ずっと、待ってたよ」のくだりは、間を長めに取り、静かに響かせてください。

③ 感情表現のコツ

「ごめんね」と呟く場面は、感情を込めすぎず、抑えた声で。過剰に泣かせようとせず、静かな後悔がにじむ程度の抑制が効果的です。

④ ラストの処理

最終段落は、独白的にゆっくりと。「手を振り返すために」の一文は、少し余韻を残して読み終えると、聴き手の中に温かさが残ります。


台本本文

窓の外の景色が変わったのは、引っ越して三日目の夜だった。

新しい部屋は、駅から遠く、家賃のわりに日当たりも良くなかった。仕事の都合で決めた部屋だから、贅沢は言えない。段ボールに囲まれたまま床に座り込み、私はなかなか寝つけずにいた。真夜中、ふと息苦しさを覚えてカーテンを開けた。そこにあるはずのない景色があった。

夜のはずなのに、外は真昼だった。青い空と、白く盛り上がった入道雲。見覚えのある田んぼのあぜ道と、錆びついた自転車置き場。蝉の声まで聞こえてくる。──子供の頃、毎年夏休みを過ごしていた祖母の家の近くの景色だった。

まさか、と思いながら目をこすると、景色はもう元の団地の夜景に戻っていた。ネオンサインの光と、遠くを走る車の音。疲れているんだろう、そう自分に言い聞かせてカーテンを閉め、眠りについた。

けれど、それから何度も同じことが起きた。窓を開けるたび、というわけではない。ふとした瞬間、ふいに視線を上げたときにだけ、あの夏の景色が現れる。最初は怖かったが、次第に、その景色を待ちわびている自分に気づくようになった。

祖母の家に通っていたのは、小学生の間の五年間だった。毎年七月になると、両親に連れられて三週間ほど滞在した。そこで出会ったのが、隣の家に住んでいた加奈だった。同い年で、誕生日も一週間しか違わなかった。

二人でよく、あぜ道を自転車で走った。夕方には花火をして、祖母の家の縁側でスイカを食べた。加奈は活発な子で、いつも私より先を歩き、振り返っては「はやく!」と手を振った。あの夏の匂いと、彼女の笑い声は、今でも身体のどこかに残っている気がする。

中学に上がる前の年、加奈の家族は父親の転勤で遠くの街へ引っ越すことになった。最後に会ったのは、荷物を運び出すトラックの前だった。「また手紙書くね」と加奈は言い、私も「うん」とだけ答えた。けれど、手紙は一度か二度やり取りしただけで、いつの間にか途絶えてしまった。理由なんてなかった。ただ、日々に追われるうちに、連絡することを忘れていっただけだ。

進学し、就職し、引っ越しを重ねるたびに、住所録の中の名前は少しずつ古くなっていった。それでも、七月が近づくたびに、なぜか加奈のことを思い出した。あの頃の自分に戻れたら、もう少しちゃんと約束を守ったのに、と思うこともあった。けれど思うだけで、行動に移すことはなかった。時間はいつも、思っているよりも早く過ぎていく。

「加奈ちゃん、はやく!」

ある晩、聞こえるはずのない声が、頭の奥で響いた。窓の外には、あの夏のあぜ道が広がっていた。目を凝らすと、麦わら帽子をかぶった小さな女の子が、こちらに向かって大きく手を振っているのが見えた。

「加奈?」

思わず声に出して呼んでみると、女の子はぴたりと足を止めた。帽子のつばをそっと持ち上げ、こちらを見る。その顔は、記憶の中の加奈そのものだった。

「ずっと、待ってたよ」

その声は、耳からではなく、もっと近いところ、胸の奥から聞こえてくるような気がした。私は何を言えばいいのか分からず、しばらく黙っていた。それから、絞り出すように「ごめんね」とだけ呟いた。連絡もせず、思い出すことさえ少なくなっていた、そんな自分への、遅すぎる謝罪だった。

女の子は困ったように笑って、首を横に振った。

「謝らなくていいよ。だって、今もこうして、覚えててくれたじゃない」

その言葉に、胸の奥が熱くなった。忘れていたのではなく、心の奥にしまい込んでいただけだったのだと、そのとき初めて気づいた気がした。

「今度は、私から会いに行くね」

そう言うと、女の子は麦わら帽子を大きく振った。あぜ道の向こうへ、入道雲の下へ、小さくなっていく背中を、私はいつまでも見送った。声も、姿も、蝉の声さえも、少しずつ遠のいていく。

気づけば、窓の外はいつもの夜景に戻っていた。ネオンの光と、遠くの高速道路を走る車の音。それでも、胸の奥に残る温かさだけは、消えずに残っていた。

翌朝、目を覚ますとすぐに、久しぶりにスマートフォンを取り出した。連絡先の奥のほうから、何年も使われていないだろう古いアドレスを探し出す。指が少し震えた。短いメッセージを打ち込んだ。「元気にしてる? 急にごめん、ちょっと思い出して」。送信ボタンを押してから、返事が来ないかもしれないと、少し不安になった。

返事が来たのは、その日の夕方だった。「わあ、久しぶり! ちょうど私も、最近あなたのこと思い出してたところ」。画面には、そんな言葉が並んでいた。あの夏の日と同じ、明るい文字だった。

画面の向こうの言葉を何度も読み返しながら、私は窓の外に目をやった。そこにはもう、いつもの街の景色しかなかった。それでいい、と思った。あの夏はもう、私の中だけの思い出ではなく、これからまた続いていく物語の、始まりになったのだから。

いつか本当に会える日が来たら、あのあぜ道の話をしよう。麦わら帽子のことも、スイカの味のことも。今度は、ちゃんと最後まで、手を振り返すために。

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