【フリー朗読台本】私を書く人|10分・1人用|静かな狂気を演じたい人へ|声の書庫

ミステリー・サスペンス

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約10分(約3,000字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ミステリー・サスペンス
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について

ひとりきりで校正の仕事を続けてきた女のもとに、差出人不明の原稿が届きます。読み始めてすぐ、彼女は気づきます。そこに書かれているのは、誰にも話したことのない自分の記憶、そして、たった今この瞬間の自分の姿だということに。外側からの視線ではなく、内側から自分の人生を先回りして綴っていく原稿。その正体を確かめようとするほど、彼女は読む手を止められなくなっていきます。

事件も犯人も登場しない、静かに足元が崩れていくタイプの心理サスペンスです。派手な恐怖ではなく、「直すべき誤りが、自分の人生のどこにも見つからない」という気づきが、じわじわと語り手を追いつめていきます。校正者という職業ならではの感覚を軸に据えた、一人称の語りが読みどころです。

朗読の際は、声を張らず、抑えた一定のトーンで淡々と読み進めるのがおすすめです。感情を爆発させるのではなく、平静を装う声の下に、少しずつ滲み出る不安と諦めを乗せていくことで、ラストの余韻が深く残ります。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

全体を通して、感情を抑えた一定の低めのトーンで読むのが効果的です。語り手は混乱しながらも、職業柄、どこか冷静に自分を観察しています。「電話も鳴らない。来客もない」のあたりは、淋しさを強調せず、むしろ淡々と事実を述べるように読むと、孤独がかえって際立ちます。

② 緩急のつけ方

「手が、止まった。」は、その直前で一拍はっきりと間を取り、短く言い切ってください。読点の多い一文は焦らず、句点ごとに小さく息を置きます。逆に「明日。明後日。来月。来年。」は、ページをめくる速度が上がる箇所なので、間を詰めてたたみかけるように。

③ 感情表現のコツ

クライマックスでも声を荒げないのがコツです。「これは予言ではない、と気づいた。」からの一段落は、悟ってしまった者の静けさで。怖がるより、抵抗をあきらめていく方向へ。囁くように落とした声に、わずかな震えを混ぜると効果的です。

④ ラストの処理

「校正、ありがとうございました。」はごく静かに、丁寧に読みます。その後の「赤を入れることができなかった」で一度しっかり間を取り、最後の一段落は、語り手の独白というより、無人の部屋に残された声のように、すっと引いていくと余韻が残ります。


台本本文

校正の仕事を始めて、もう十年になる。

出版社から届く原稿に、赤鉛筆で小さな印をつけていく。誤字、脱字、事実の誤り。文章の流れが、ほんの少しだけ濁っているところ。私はそれを一日中、ひとりの部屋で、黙って続ける。電話も鳴らない。来客もない。窓の外を、たまに猫が通り過ぎるくらいだ。原稿の中の言葉だけが、私の話し相手だった。

人と話すのは、もう何日ぶりだろう。そんなことを、ふと考えなくなって、ずいぶん経つ。言葉の正しさを直す仕事をしているのに、自分の口からは、もう長いこと、まともな言葉が出ていない気がした。それでも、不満はなかった。誰かの書いた一文を、本来あるべき形に直してやる。その静かな手応えだけが、私を世界とつなぎとめていた。間違いを見つけ、正しい形に直す。それは、誰かの言葉を一度だけ、誰よりも深く読むということだ。書いた本人より丁寧に、一文字ずつ。その人が気づかなかった綻びにまで、私は気づく。だからときどき、私は錯覚した。世界中の誰よりも、私はその人のことを知っているのだ、と。

その原稿が届いたのは、よく晴れた火曜日の朝だった。

差出人の名前はなかった。表紙には、ただ「校正願います」と一行だけ。よくあることだ。匿名の持ち込み原稿が下読みに回ってくるのは、珍しくない。私はいつものように赤鉛筆を削り、薄いコーヒーを淹れて、最初のページをめくった。

書き出しを読んで、少しだけ手が止まった。

「彼女は十年、校正の仕事を続けている。誰とも話さず、ひとりの部屋で、原稿の言葉だけを相手にして」

偶然だ、と思った。校正者を主人公にした小説など、いくらでもある。私は赤鉛筆を握り直し、読み進めた。

二ページ目。主人公の女は、朝起きるとまず窓を開け、冷えた空気を肺の奥まで吸い込む。それから薄いコーヒーを淹れ、縁の欠けた青いマグカップで飲む。

手が、止まった。

私のマグカップは、青い。去年の冬、流しに落として、縁が小さく欠けた。捨てようとして、なんとなく捨てられずに、今も使っている。そのことを、私は誰にも話していない。話す相手など、いないのだから。

背筋が冷えるのを感じながら、それでも私はページをめくった。仕事だから。読まないわけにはいかない。そう自分に言い聞かせた。

原稿は、淡々と女の半生を描いていた。十年前、結婚するはずだった人と別れたこと。その朝、見送りもせず、玄関で背を向けたまま「気をつけて」とだけ言ったこと。それきり、二度と会わなかったこと。

私が、誰にも話したことのない記憶だった。忘れたふりをして、心の奥に沈めていた一日。それが、誰かの手で、こんなに正確に文字になっている。句読点の打ち方まで、息継ぎのひと呼吸まで、まるで私自身が書いたかのようだった。いや——書いたのは、本当に私ではなかったか。そんな疑いさえ、ふと頭をかすめた。

私は赤鉛筆を置いた。手のひらが汗ばんでいた。原稿の残りは、まだ厚い。半分以上、残っている。

考えた。これを書いたのは、誰なのか。私の部屋に、隠しカメラでもあるのか。誰かが私を、ずっと見ているのか。けれど、別れた朝に玄関で背を向けたことも、その時に胸の奥で何を思ったかも、カメラには写らない。

この原稿は、外から私を見ているのではない。内側から、私の記憶そのものを、私より先回りして書いている。そうとしか、思えなかった。

一度、私は原稿を閉じて、引き出しの奥に押し込んだ。ただの、古い木の引き出しだ。それでもいい。読まなければ、何も起こらない。そう思って、私は台所に立ち、湯を沸かした。けれど、やかんが鳴るより先に、私はもう引き出しの前に戻っていた。手が、勝手に原稿を引き出していた。私の意思とは、関係なく。

恐ろしかった。けれど、もっと恐ろしいのは、読むのをやめられない自分だった。私は校正者だ。誤りがあるなら、最後の一行まで探さずにはいられない。それが十年、骨の髄まで染みついた性分だった。続きには、今日のことが書かれていた。昼に作った、少し焦げた卵焼き。午後三時の、すぐ切れた間違い電話。夕方、風で落ちたシャツを拾いに下りたこと。全部、その通りだった。一つの間違いもなく。

ためらいながら、私は次のページをめくった。

「彼女は原稿を読む手を止め、しばらく窓の外を見ている。それから、もう一度ページをめくろうとして、指先で迷っている」

私は、窓の外を見ていた。指先が、ページの角で止まっていた。

声が出そうになるのを、こらえた。もう、偶然では片づけられない。今、この瞬間の私が、ここに書かれている。だとしたら、この先のページには——明日の私が、来年の私が、書かれているということだ。

読みたくない。けれど、読まずにはいられない。私はページを繰る速度を上げた。明日。明後日。来月。来年。原稿の中の女は、少しずつ歳をとっていった。髪に白いものが増え、目が悪くなり、赤鉛筆を持つ指がこわばるようになる。ある冬、女は誰かが訪ねてくるのを待つのを、やめる。年賀状の束が、年ごとに薄くなっていく。やがて一枚も来なくなる。ある年の春、女は窓辺に置いた鉢植えが枯れていることに、何日も気づかない。水をやる相手も、声をかける相手も、もういないからだ。それでも女は毎日、ひとりの部屋で、原稿を読み続ける。直すべき誤りを探し続ける。それだけが、自分がまだ生きている証のように。誰とも話さないまま。誰にも看取られないまま。

読み進めるたびに、私の指から、力が抜けていった。これは予言ではない、と気づいた。予言なら、まだ変えられる余地がある。けれどこの原稿は、もう過去形で書かれている。決まってしまった私の一生を、ただ書き写しているだけなのだ。ページが繰られるたびに、私の残りの時間が、確実に減っていく。そんな気がして、私は何度も手を止めた。止めても、また読んでしまった。職業病だ、と苦く思った。誤字を見つければ直す。事実の誤りがあれば指摘する。それが私の仕事だ。けれど、この原稿には、一つの誤りもなかった。直すところが、どこにもない。私の人生は、こんなにも正確で、こんなにも、訂正の余地がなかったのか。

ページが、残り少なくなっていく。女の一生が、薄くなっていく。私は震える指で、最後の一枚をめくった。

最後のページには、こう書いてあった。

「彼女は、長い人生のすべてを、この一冊の原稿の中で読み終えた。そして、ようやく気づく。自分の一生とは、この原稿を読み終えるまでの、ほんの数時間の出来事にすぎなかったのだと」

私は、時計を見た。

朝、原稿を開いたときから、まだ二時間しか経っていない。そのはずだった。けれど、窓の外は、なぜか、もう暗かった。深い、深い、夜の色をしていた。いつのまにか、こんなに時間が経っていた。一冊を読み終えるあいだに、私の一日が、いや、一生が、過ぎてしまったかのように。

最後の一行の、すぐ下に。赤い文字で、一言だけ書き添えてあった。誰かの筆跡ではない。私の筆跡で。私が今、この手に握っているのと、同じ赤鉛筆で。

「校正、ありがとうございました。」

私は、その一行にだけは、どうしても、赤を入れることができなかった。

部屋は、しんと静まり返っている。原稿は、もう一枚も残っていない。私の手の中で、赤鉛筆だけが、まだ温かかった。次に誰かが、この原稿を「校正願います」と受け取るのは、いつのことだろう。

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