【フリー朗読台本】七人目の顔|10分・1人用|心霊写真系ホラーを演じたい人へ|声の書庫

ホラー/怪談

📖 この台本について
⏱ 読了時間:約10分(3,000字)
👤 登場人物:性別不問1名(1人用)
🎭 ジャンル:ホラー・怪談
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について

この物語は、地方の古い写真館を訪れた語り手が、倉庫に眠る膨大な集合写真を整理するうちに、ある奇妙な事実に気づいていく怪談です。現像された写真に写る人数が、依頼主の記憶と食い違う。最初は数え間違いだと思っていた。けれど、写真を重ねるたびに、その「誰か」は着実に増えていく——。静かな作業場の空気のなかで、じわじわと積み上がる違和感を丁寧に描きました。

この作品の読みどころは、恐怖が「見えないもの」ではなく「数」という客観的な事実から生まれる点にあります。幽霊が飛び出すわけでも、怪音が鳴るわけでもない。ただ、写真の中の人数が、一枚ずつ静かに増えていく。その積み重ねが、最後に一線を越えた瞬間の寒気を際立たせます。

朗読は全編を通して抑えた語り口を基調としてください。怖がらせようとする声色ではなく、「記録を読み上げる人」のように淡々と進めることで、かえって聴き手の想像力を刺激します。ラスト一文だけ、ほんの少し間を置いてから、静かに落とすように読み終えてください。

▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)

① 語りのトーン

全編を通して「事実を淡々と記録する人」のトーンで読んでください。感情を前に出しすぎると怖さが薄れます。「三枚目の写真を手に取ったとき、私はもう一度、人数を数え直した」のような地の文は、まるで業務報告を読むように、落ち着いた声で進めるのが効果的です。

② 緩急のつけ方

「六人、のはずだった」という一文は、前後に短い間を置いてください。それまでの淡々としたリズムを、ここだけわずかに崩すことで、聴き手に「何かが変わった」と感じさせます。逆に、写真の説明をしている場面は一定のテンポで読み続け、単調さそのものを緊張感に変えてください。

③ 感情表現のコツ

語り手は怖がってはいけません。むしろ「理解しようとしている人」として読んでください。「おかしい、でも、おかしいはずがない」という自問の場面は、声を荒げるのではなく、ひとりごとのように、ごく小さな声でつぶやくように演じると、聴き手がぞくりとする瞬間が生まれます。

④ ラストの処理

最後の一文「その顔は、笑っていた」は、読み終えたあと、数秒の完全な沈黙を置いてください。余韻を言葉で補足せず、静寂で終わらせることが、この作品の恐怖を完成させます。フェードアウトのBGMがある場合も、この一文の後は音を絞るより、無音で締めるほうが効果的です。


台本本文

その仕事を引き受けたのは、ほんの気まぐれだった。

知人の紹介で声がかかったのは、秋も深まった十月の終わりのことだ。依頼主は七十代の老人で、亡くなった父親が営んでいた写真館を、ようやく閉める決心をしたのだという。建物はすでに売り手が決まっていた。残る問題は、倉庫に積み上がった膨大な数の古い写真をどう処分するか、ということだった。

「一枚一枚、確認してほしいんです。名前や日付のわかるものは仕分けして、誰にも渡せないものは処分する。それだけでいいんです。うちの家族には頼みたくなくて」

老人はそう言って、深々と頭を下げた。報酬は破格だった。私は翌週から、その古い写真館の倉庫に通うことになった。

倉庫は、写真館の母屋に隣接した、平屋の離れだった。中に入ると、天井まで届く棚が壁際にいくつも並んでいて、そこに段ボール箱が所狭しと積まれていた。箱には油性ペンで年代が書かれている。一番古いもので、昭和三十年代。一番新しいもので、二十年ほど前。その膨大な記録が、埃をかぶったまま、ここで眠り続けていた。

最初の数日は、ただひたすら箱を開け、中身を確認し、付箋を貼り、仕分けするという作業の繰り返しだった。ほとんどは家族写真や卒業記念の集合写真で、裏に名前と日付が書いてあるものも多かった。私は一枚ずつ丁寧に手に取り、内容を記録していった。

異変に気づいたのは、四日目のことだ。

その日、私は昭和五十年代の箱を開けていた。中から出てきたのは、ある小学校の運動会の集合写真だった。横長の大判で、グラウンドに整列した子どもたちと教師が写っている。裏には「昭和五十三年 ○○小学校 運動会記念」と走り書きされ、その下に「六年生 六名」と添えられていた。

私は写真を表に返し、人数を数えた。

一、二、三、四、五、六。

六人。確かに六人だった。

私はその写真を「確認済み・要保管」の山に置き、次の写真に移った。

おかしいと思ったのは、翌朝だった。

前日に仕分けた写真をもう一度確認しようと手に取ったとき、ふと気になって、再び人数を数えた。なぜそうしたのか、自分でもわからない。ただ、なんとなく、もう一度確かめたかった。

一、二、三、四、五、六、七。

私は手を止めた。

もう一度、最初から数える。

一、二、三、四、五、六、七。

七人いた。

昨日は確かに六人だったはずだ。裏の書き込みにも「六名」とある。なのに今日数えると、七人いる。列の右端、少し離れた場所に、もう一人、子どもが立っていた。周りの子どもたちとほぼ同じ大きさで、同じように整列している。ただ、その子だけ、顔がわずかにぼやけていた。

数え間違いだろう、と私は思った。昨日の自分が疲れていたのだろう。そう自分に言い聞かせて、写真を元の山に戻した。

しかしその日の午後、別の箱から同じ学校の写真がもう一枚出てきた。翌年、昭和五十四年の運動会だった。裏には「六年生 七名」と書いてある。私はなんとなく嫌な予感を覚えながら、写真を表に返して数えた。

一、二、三、四、五、六、七、八。

八人いた。

今度は確かめる気にもなれず、私はその写真を箱に戻した。

それからしばらく、私はその一件を頭から追い出して作業を続けた。別の年代の箱に移り、別の写真を整理した。成人式の記念写真、七五三の家族写真、地域の祭りのスナップ。どれも特におかしなところはなかった。私はようやく落ち着きを取り戻した。

だが一週間後、同じ学校の集合写真がまた出てきたとき、私の手は無意識に止まっていた。

昭和五十六年。裏の書き込みには「卒業記念 六年生 八名」。

表に返す。数える。

一、二、三、四、五、六、七、八、九。

九人。

もう疲れのせいだとは思えなかった。私はその三枚の写真を並べて、見比べた。昭和五十三年。昭和五十四年。昭和五十六年。それぞれ列の右端に、一人ずつ多く写っている。そして毎回、その「余分な一人」だけ、顔がぼやけている。まるで、カメラが焦点を合わせることを拒んでいるかのように。

私は老人に電話をかけた。事情を説明すると、しばらく沈黙が続いた。

「……それは、父も気にしていました」

老人は静かに言った。

「昔から、その学校の写真だけ、現像するたびに人数が合わないと言っていた。父は最初、自分の撮り方がおかしいと思って、何度も数え直したそうです。でも裏に書いた人数と、写真に写っている人数が、どうしても一致しない。それで、その学校の依頼だけは途中から断るようになったと、そう聞いています」

「どうして断ったんですか」

「父は最後まで理由を話してくれませんでした。ただ……一度だけ、こう言ったことがある。『撮るたびに増える。だからもう撮れない』と」

電話を切った後、私はしばらくその三枚の写真を見つめていた。

ぼやけた顔。毎年、確実に一人ずつ増える存在。その学校で何があったのか、私には知る術がなかった。ただ、写真はそこに静かにあって、ぼやけた顔だけが、ほんの少しこちらを向いているような気がした。

私はその三枚を「処分」の山に重ねた。見なかったことにしようと思った。

翌朝、倉庫に入ると、処分の山が崩れていた。

三枚の写真が床に落ちていた。私はため息をつきながら拾い上げた。

そのとき、ふと視線を感じた。

写真に目を落とす。

昭和五十六年の、九人が写った卒業記念写真。その右端の、ぼやけたはずの顔が——今日は、はっきりと見えた。

その顔は、笑っていた。

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