📖 この台本について
⏱ 読了時間:約15分(4,500字)
👤 登場人物:女性1名(1人用)
🎭 ジャンル:ミステリー・サスペンス
🎙 用途:朗読配信・練習・ボイスサンプル
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作品について
この作品は、廃止された深夜の長距離バス路線「最終便」の運行記録を整理していた一人の女性事務員が、ある一晩だけ存在する「乗客名簿の食い違い」に気づくところから始まるミステリー朗読台本です。乗車券の販売枚数は十二枚。けれど運転手が提出した名簿には、十三人の名前が記されていた。彼女は古い帳簿と回数券の半券を頼りに、二十年前のその夜、最終便に何が起きたのかを静かに辿りはじめます。
この作品の読みどころは、「数が合わない」というたった一つの違和感だけで、二十年前の一夜が少しずつ輪郭を取り戻していく構成にあります。事件現場も、目撃者も、もう残っていません。あるのは紙の記録と、退職した運転手のわずかな記憶だけ。語り手が一枚ずつ書類をめくる手つきそのものが、この物語の緊張を生み出します。
朗読する際は、感情を抑えた事務的なトーンを基調にしてください。語り手は探偵ではなく、几帳面な記録係です。声を張る場面はほとんどありません。むしろ書類を読み上げるような淡々とした語りを保つことで、終盤に明かされる十三人目の正体が、いっそう静かな衝撃として響きます。
① 語りのトーン 主人公は几帳面で冷静な事務員です。声はやや低めに、感情を排した一定のトーンで読み進めてください。冒頭の「乗車券は、十二枚。名簿は、十三人」という一文は、この物語のすべての起点です。驚きや興奮を込めず、むしろ事実を淡々と確認するように、わずかな間を置いて読むと、聴き手の中に静かな引っかかりが生まれます。 ② 緩急のつけ方 古い帳簿や半券を一枚ずつ確認していく場面は、淡々と、しかし確認のたびに小さな間を取ってください。「もう一度、数えた。やはり、十三だった」という箇所では、「十三」の前で半拍止めると効果的です。逆に二十年前の夜を回想する段落は、ほんの少しだけ声を沈ませ、語りの温度を下げてください。 ③ 感情表現のコツ 退職した運転手の言葉「あの夜は、雪だった。だから、一人多く乗せた」を読む場面が、この台本の山場です。ここでも声を荒げる必要はありません。むしろ囁くように、相手の言葉をそのまま受け止めるように読むことで、語り手が真実に触れた瞬間の静けさが伝わります。 ④ ラストの処理 結末で名簿の十三人目の名前に意味が宿ります。最後の一文「私は、その名前の横に、ようやく一本の線を引いた」は、感情を込めすぎず、ほんの少しだけ声を緩めて、ゆっくりと余韻を残して締めてください。読み終えたあとに数秒の沈黙を置くと、聴き手の中で物語が完結します。▶ 朗読のポイントを見る(朗読される方向け・クリックで展開)
台本本文
その路線が廃止になったのは、もう半年も前のことだった。
私の仕事は、廃止された路線の運行記録を、すべて整理して保管庫に移すことだった。バス会社の事務員になって、十二年。こういう地味な作業は、たいてい私のところに回ってくる。誰もやりたがらない。けれど、私は嫌いではなかった。古い紙の匂いと、几帳面に並んだ数字の列。それを眺めていると、心が落ち着いた。
「最終便」と呼ばれていた路線があった。深夜零時に始発を出て、山を越え、隣の県の駅前まで走る、長距離の夜行バス。利用客は年々減り、最後の数年はほとんど空席だったと聞く。記録の束も、薄かった。
私は、その束を、日付の順に並べ替えていた。一日分が、一枚の運行記録票になっている。出発時刻、到着時刻、運転手の名前、乗車券の販売枚数。そして、運転手が手書きで記入する、乗客名簿。
淡々とした作業だった。何百枚もの記録票を、ただ順に確認し、間違いがなければ箱に入れていく。
その手が、ある一枚で、止まった。
二十年前の、十二月のある夜の記録票だった。
乗車券の販売枚数の欄には、こう書かれていた。十二枚。
けれど、その下の乗客名簿には、名前が、十三人分、記されていた。
私は、もう一度、数えた。やはり、十三だった。
最初は、ただの記入ミスだと思った。運転手が、うっかり一人多く書いてしまった。あるいは、券売機の集計が間違っていた。そういうことは、たまにある。
けれど、私は几帳面な性分だった。一度気になると、確かめずにはいられない。私は、その日の券売記録を、別の保管箱から探し出した。
券売機の集計表にも、はっきりとこう印字されていた。十二枚。
乗車券は、十二枚。名簿は、十三人。
数が、合わない。
私は、その記録票を、机の上に広げたまま、しばらく動けなかった。窓の外は、もう暗くなりかけていた。事務所には、私のほかに誰もいなかった。
名簿の十三人の名前を、私は順に読んでいった。手書きの、少し癖のある字だった。十二人までは、ごく普通の名前だった。けれど、最後の一人――十三人目の名前の欄だけが、他と少し違っていた。
そこには、名前ではなく、こう書かれていた。「不明」と。
不明。
運転手は、十三人目の名前を、知らなかった。それでも、名簿には、確かに一人分の枠が、加えられていた。
私は、その運行記録票を、コピーした。原本は箱に戻し、コピーを自分の手帳に挟んだ。なぜそうしたのか、自分でもよく分からなかった。ただ、この一枚を、このまま箱の奥に仕舞ってしまうのは、何か違う気がした。
その夜、私は、家に帰ってからも、その記録票のことを考えていた。
二十年前の、十二月。私は、まだこの会社にいなかった。当時を知る人間も、もうほとんど残っていない。
けれど、一人だけ、心当たりがあった。記録票に名前のあった運転手――吉野さん。十年前に定年で退職したが、今も近くの町に住んでいると、誰かが話していたのを覚えていた。
私は、会社の古い名簿から、吉野さんの連絡先を調べた。そして、迷った末に、電話をかけた。
吉野さんは、最初、警戒しているようだった。けれど、私が「最終便の運行記録を整理している」と告げると、その声が、ふっと変わった。
「最終便、ね」と、吉野さんは言った。「あれは、いい路線だった。客は少なかったが、静かでね」
私は、本題を切り出した。二十年前の十二月のある夜、乗車券は十二枚なのに、名簿には十三人の名前があったこと。十三人目の名前は「不明」と書かれていたこと。
電話の向こうで、長い沈黙があった。
私は、待った。受話器を握る手に、少しだけ力がこもった。
やがて、吉野さんは、静かに言った。
「あの夜は、雪だった」
その声は、二十年前を、今、目の前で見ているかのようだった。
「峠の途中に、バス停がある。普段は、誰も乗らないバス停だ。けど、あの夜だけは、一人、立っていた」
私は、黙って聞いていた。
「老人だった。薄いコート一枚で、雪の中に、ぽつんと立っていた。私は、停めた。乗車券は持っていなかった。金も、持っていないようだった。けど――あの寒さの中に、置いていけるわけがない」
「だから、乗せたんですね」と、私は言った。
「ああ。だから、一人多く乗せた」と、吉野さんは答えた。「券は売れない。けど、名簿には、書かなきゃならない。名前を聞いても、その人は、何も答えなかった。だから、私は『不明』と書いた」
私は、手帳に挟んだコピーを、もう一度見た。十三人目の、「不明」の文字。それは、ミスでも、不正でもなかった。雪の夜に、一人の運転手が下した、小さな判断の記録だった。
「その方は、どこで降りたんですか」と、私は尋ねた。
また、沈黙があった。今度の沈黙は、さっきより、ずっと長かった。
「終点まで、乗っていた」と、吉野さんは言った。「だが、終点に着いて、私が振り返ったときには、もう、いなかった。座席には、誰も座っていなかった。降りる姿も、見ていない」
私は、何も言えなかった。
「不思議なことに」と、吉野さんは続けた。「その老人が座っていた座席だけ、ほんの少し、湿っていた。雪が、溶けたみたいに」
受話器の向こうの声は、責めるでも、怖がるでもなく、ただ、二十年前の出来事を、静かに語っているだけだった。
「私はね」と、吉野さんは言った。「ずっと、考えていたんだ。あの人を乗せたのが、正しかったのか。それとも、見間違いだったのか。けど、名簿に書いた『不明』の二文字だけは、消さずに残した。あの人が、確かにそこにいたという、証だと思ってね」
私は、ありがとうございました、とだけ言って、電話を切った。
事務所に戻ったのは、翌朝だった。
私は、保管箱から、もう一度、あの記録票を取り出した。乗車券、十二枚。乗客名簿、十三人。十三人目の名前は、「不明」。
数は、合わない。けれど、もう、合わなくていいと思った。
合わないことにこそ、意味があった。誰かが、雪の夜に、見知らぬ誰かを置いていけなかった。たったそれだけのことが、二十年の時を超えて、一枚の紙の上に、まだ残っていた。
私は、コピーではなく、原本のほうを、もう一度、手に取った。そして、十三人目の「不明」という文字の横に、ずっと空欄だった備考欄に、一本の線を引いた。
余白に、私は、小さく書き添えた。「雪の日の、乗客」と。
記録は、ただ数字を残すためのものではない。そこにいた誰かを、忘れないために、残すものだ。
私は、その記録票を、いちばん丁寧に、箱に納めた。
窓の外は、よく晴れていた。雪の降る気配は、どこにもなかった。
それでも私は、その朝だけは、なぜか、遠い峠のバス停に立つ、一人の人影を、思い浮かべていた。
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